2017年11月21日

ラカンの「鏡像段階」は被ネグレクターにはつらすぎた。






『ラカン入門』を読みはじめて、冒頭の数ページを読んだ時点で大恐慌を起こし、
「わたしは存在しない!!わたしは存在しない!!わたしは『いない』んだ!!!!!」と自分で自分に、叫んでいた。


「鏡像段階」の説明が、つらすぎた。


ネグレクトされた人間には、鏡像段階の説明は死ぬほどつらい。


でも、わたしの人生の、大きな謎が解けた。

わたしは、モノだったんだ。


わたしは自分をモノとみなしている。
だから、「モノ」が友達に思えるんだ。


それに気づいて、めちゃくちゃ悲しかったけど、
「モノが友達でなにがわるいんだよ?」って気持ちも出てきた。
たいせつな気持ちだ。


わたしがモノで、なにがわるい?
モノが友達で、なにがわるい?

モノは、わたしのたいせつな友達だ。
それを馬鹿にするやつがいたら、わたしは絶対にゆるさない。

って、「馬鹿にする奴」って、想定しているのは、お母さんとお父さんをはじめとする、家族なんだが。


お母さん。お父さん。

あなた達よりも、ずうっと、モノのほうが、わたしの家族です。
あなた達よりも、はるかに、モノのほうが人間です。



わたしは、モノたちが、大好きです。



あなた方、親たちよりも、ずっと。







***




わかったことを感情を入れずに書くと(感情を入れると書けなくなるから)、


わたしは、次兄のことが大好きだったらしい。
いまも、次兄を大好きな気持ちが、わたしのなかにあるんだろう。

それは、消えたわけじゃない。
いまも、ある。

家庭の中で、唯一、それなりに「まし」に接してくれた時期が、幼少期のすごく短い間だけ、あったからなんだと思う。わたしの記憶にも、あるのかないのかわからないような。

と書いていて涙が出てきた。
涙が出るっていうことは、遠からずなんだろう。

幼少期の、短いあいだ。
その間、かれは耐え、親に適応しようとなんとかいい子でいようとしたんだろう。
でも、溢れだした。無理が、エネルギーになった。激しい、狂猛なエネルギーになった。
そして今、かれは、ずたずたになっているんだろう。
深い傷つきを、傷つきとして表現するときが、きているんだろう。
わたしにもあった。
いまもそうだ。
それは、来るひとには来るし、来ないひとには、もしかしたら生涯、訪れないのかもしれない。
でも、わたしには来た。
そして、おそらくかれにも来た。
今。

おそろしい、長い、いつ終わるともわからない永遠に思える苦しみに感じられるだろう。
でもわたしは、いきている。いま。
死んでもよいし、いきてもよい。

生きるのをやめると、すごく楽になった。わたしは。
とりあえず、生きるのをやめてみようとおもうといいよね。
やめようと思ってやめられるものかは、わからないけど。

「生きる」のを、「やめる」。という可能性がからだとこころに浮かんだとき、はじめて出逢えるやすらぎがある。「わたし達」がいる。




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2017年11月19日

どこにてもなく





あの子はずっと、

神さまとじぶんといっしょに

ものだけといっしょに

そこに大人はいませんでした
いようがありませんでした

わたしはいま中也といっしょに
冬の空気の灰の匂いを嗅いでいます

いつにしても
こころにても
かなしむおもいがわきません

いつにしても
こころにても
うるさすぎる静止だけがあります

エアコンがうるさい
おもてがうるさい
静寂がうるさい

かなしみさえなければ
ひとは呼吸を止めるしかないのでした

静寂がありました

静止がありました

しずかさが とてもうるさい。


しずかさを 殺して だまらせる父がいる

ここに いる

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2017年11月04日

いろいろ書いた。





今、わかりやすく自嘲している。

「焦らなくていいんだよ」と言われると困惑する。

「焦っていない」という状態がわからない。
笑える。

わたしには、焦っていないというのがどんな状態なのかわからないのだ。
笑える。

悲しい。

焦っていないという状態がどういう状態なのかわからないような子供に育て上げるのが、子育てだとでも思っていたのだろうか。あの人達は。

焦って焦って焦り続ける子供に仕立て上げれば、自動的に猛烈に本を読んで必死で学習して名門校に入って大企業に入って、親に貢ぐ金を猛烈に稼ぎ続ける機械ができ上がるとでも、思っていたのだろうか?

わたしは今、泣いている。

焦らなくていいという意味がわからな過ぎて、泣くしかないのだ

焦って、怯えて。

怯えて怯えて怯えさせれば、優秀な奴隷ロボットができるとでも思っていたのだろうか?

もっと泣きたい。

涙が尽きるということはない。

「涙が尽きる」と呼ばれている状態は、涙のふくろの口をギリギリと縛り上げて一滴も溢れないようにした状態のことだ。


涙が、尽きるということは、けっしてない。



涙は、いつでもここにある。



縛り上げているだけだ。



涙は、いつもここにいる。






***






ガラケーに登録している自分のお気に入りリストのtwilogを見てみると(敬称略)、

千葉雅也
柴田英里
信田さよ子
田房永子
サムソン高橋
熊田プウ助
國分功一郎
清田代表/桃山商事
田中俊之
二村ヒトシ
白饅頭(光属性)
宇野常寛
Yoshiharu ISHIOKA

となっている。


お気に入りリストって、すごく、自分(の享楽/傷)を現しているなと思う。


このごろ、

セルフプレジャー中に柴田さんの顔が浮かんだんですが、
いやおかずにしているということではなく、柴田さんの顔が浮かんだわたしは、なんらかの喜びを得ていやそういう性的なあれではなく、じぶんの性的な、多様なもののありかたを肯定してもらえた、という感覚が、承認された喜びをもって、わたしの中に立ち現れているということなんだろうな。



アダルトチルドレンに、哲学は必要だ。




***








それ、「永田カビさんとお母さん」の結婚式にならへん?



それ、永田カビさんとお母さんの「結婚式」になってへん?


ええけど。

当人同士が納得してるならええけど。



永田カビさんがお母さんと結婚式を挙げるのも、まあ、耽美でええやね。



ひとんちの家庭に首を突っ込むつっこむ。
かまったこっちゃねえぜ!







しかして私はいま、背すじに悪寒がはしっている。






***









どうせおまえらヘテロのリア充なんだろクソがああああああああぁ!!!!!!!!!!!!!

愛するひとと、ひとたびは思いを交わしあえたくせにそれを大切にもせずに自分と相手を大切にもせずにナマ言ってんじゃねええええええええええええッ!!!!!!!!!!!!!!!!


わたしは非モテ・アダルトチルドレンをこそ心傾ける。


リア充・アダルトチルドレンには一定の冷たさを抱きつづける。


冷たくある。



どうして、

愛するひとに、

そんな酷い態度を抱けるんだ?


ほんとうに理解できない。




愛を犠牲にしてなんで「立派な社会人」面しようとするの!?


愛を犠牲にしてほかのどうでもいいようなものをどうして固守しようとするんだ!!



愛を犠牲にして、なんで生きようと思えるんだ。


愛のために仕事などサボれ自分を癒すために仕事などサボれ休め!!!休めよ!!!!!


失職したら失業手当もらえばいいだろ!!!!

生活保護もらえばいいだろ!!!!!!!


生活保護もよこさんような国になったら暴徒化すればいいだろ!!!

バスティーユ牢獄襲撃だこらッ!!!!!!!


わたしは世界が燃えるのを見たい。

わたしはジョーカーだ。

こころのなかにジョーカーを飼ってるやつなど、腐るほどいるだろう!!!!


愛を犠牲にしてまで、忠誠を誓うような組織か!?家族か!?国家か!?



愛をバカにすんじゃねえよ!!!!!!!!!!!!



愛を笑うんじゃねえよ。



加害する覚悟もなしに、愛することができるとでも思ってんのか!



加害してよい。他害してよい。自害してよい。

それを覚悟してしか、なんにも、だーれも安らげられはしない



金なんて、じぶんを安らげるため以外に、なにを使う道がある?


なくなっちゃったら、もう使えないんだぞ。


あるうちに使わなきゃ、いつ使うっていうんだ?



じぶんを楽にするために金を使わないで、なんに使うんだよ?


金は、あるうちに使え!



使うのを渋ってるうちに毟り取られたら、笑い話にもならん。



盗んででも休め。
バレないように毟り取れ。
バレたら「あっちゃー☆」言っとこう。


命がなくなったら、休むこともできなくなる。





でも、ある人びとは、

命を「なくしたくて」働き続けてるひともいるんだろうな。



命をなくしたくてなくしたくて、必死に働き続けている。
いつか命がなくなってくれるように。
それしか望みがないように。

できるだけ早く命がなくなって欲しくて、必死に働いているひとが、きっといっぱいいるんだろう。




迂遠な自殺。



できるだけぼんやりしたかたちで、迂遠な自殺をしようと働き続けているひとは、
きっと想像以上にいっぱいいる。





死にたがっているひとに、「生きろ!」「自殺するな!」と言うのは暴力だ。


助けを求めようとしているひとから、死という「助け」を奪おうとするのは、驕慢甚だしい、暴力だ。






自殺したがっているひとには、「「それ」以外の方法で死んでみたらどうだろう?」と、

「べつな死に方」を提案してあげよう。




「死にたい。」とは、


「『この』生をやめたい。」の謂なのだから。



もしもあるものならば、「これではない生」へ移行したくてたまらないのに、
方法が見つからないから、思いつきもしないから。


「『この』生」をやめる、最終確実な手段として、自殺をみつめているのだ。



「この」生をやめる、「別なしかた」を提案されて、はじめてひとは自殺以外の道を、おも向けるようになる。






『死にたいぐらい、つらいんですね、いま。』






***






アダルトチルドレンのドラマ「TRANSPARENT」シーズン4がアマゾンビデオに追加されただと!?



きたああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

いやー生きててよかった


TRANSPARENTで命を繋いでいたふしがある から、
新シーズンが追加されるのはすごい嬉しいなあ。
一人暮らしを始めて生き繋いだのは、TRANSPARENTがあって、涙でぼろぼろになりながら観ていたからだった


いやー過酷だったなあ


こういうアダルトチルドレンのドラマが配信されるのはほんと嬉しいな

「家族」を描いた作品で、これほど大好きなものはみあたらない。
すんごい作品だ。




はあ⋯





posted by ひろみ at 22:10| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年10月26日

届けない「手紙」を、書く。







あいつらが、おまえを殴った翌日、なんて言ってたと思う?



悲しそうに眉を顰めて、
自分のした事を慚愧の念に悶え耐えかねて、
涙を流しながら、おまえに「赦しを乞う」気持ちを叫んでいたとでも、思ってんのか?

そうであってほしいと思うんだろうねえ。
おまえの願望ではな。

わたしは忘れられないんで、ずっと覚えているよ。
一生忘れないだろうね。



あいつら、笑っていたんだよ。


笑っていたよ。あいつら。



昨晩おまえを殴ったことを話しながら、夫婦二人で、笑っていましたよ?




勝実は、「あいつも痛かっただろうが俺も手が痛かった。」と母親に言って、ニタニタ歯を剥き出して、笑っていました。
母親は、「そうよぉ〜!!手で頭殴ったら痛いわよぉ〜wwwww 手と頭じゃあ手のほうが痛いわぁ〜っ!」オッホッホッ!と、笑っていましたよ?



おまえが信じるかはわからないが。

わたしは、信じられない!と思って、克明に覚えています。


ひとが、「信じられない!」と思うのはね。


どうしようもない現実に対面してしまったときなんだよ。



わたしは、あの夫婦の「現実」に対面した。



おまえは、どうだったろうか。

あのとき家におまえがいたかどうかは、定かでない。
何をしゃべっても、丸聞こえの防音設備だったから。

あのときおまえは、家にいなかったのだろう。
家の外へ、おまえは出て行ったんだろう。
ただ、家の外へ。

わたしは家にいた。
わたしは監禁され、家の外へ出ることを知らなかった。

ゆえに、わたしはあいつらの正体を目にした。
耳に聞いた。

でも、おまえはおそらく、家にいなかった。
そうしていい。当然だ。当たり前だ。


でも、それでおまえがあの親どもの笑い声を聞き逃したなら、すこし「不運」かもしれない。



わたしは、証言する。


あいつらがおまえを殴った翌日、糞親どもは、歯を剥き出して笑っていたよ。


信じるかどうかはおまえ次第だ。



信じずに、あいつらの奴隷のままで生き続けるという道もあるだろう。



だが、わたしは嫌だ。



おまえが奴隷の道を選ぶなら、わたしはおまえを、糞親どもの手下と認める。




それからは、おまえも敵だ。




わたしは、おまえを「敵」と見做す。





それでなくてもおまえはわたしを虐めたじゃない⋯⋯⋯⋯



posted by ひろみ at 21:07| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年10月16日

「最悪な親」と「神」




「最悪な親」ってなにかなって漠然と考えてたんだけど、「子供に『かわいそう』って思わせる親」じゃないかなって思った。

親が糞野郎でも、本人が人生楽しんでて、「糞野郎だけどコイツ『かわいそう』ではないな。」って子供が心から思える親だったら、思い切り憎んだり、すっぱりと結別しやすそうだな。

はたから見てて、可哀想だな、哀れだな、醜いな、情けないな、生きんの大変そうだな、こいつを見捨てるのって、酷いことなんじゃないかな?って思わせる親って、ほんとうに子供にとっては地獄だよな。

「かわいそうな奴」に支配されるほどつらいものは無いんじゃないかな。


思いっきり怒りをぶつけても大丈夫そうな強さをもった親でないと、子供は感情の矛先を身体の中に収めて生きなきゃならなくなる。矛先を無理やり収めた身体はずたずたに切り裂かれる。

感情をぶつけたら脆く崩れてしまいそうな親だと、子供は抱えきれない気持ちを無理やり引っ込めるしかなくなってしまう。そして傷つく。




***




神を信じるもののあいだでは、「あなたもわたしも弱い存在ですね」という受け容れが交わされる。
少なくとも、建前のうえでは。
だから、子供も親と戦えるようになる。「あなたは神ではないではないか!」と。
神を振り翳す親に対しても、「いいや、神はわたしの味方だ!」と親へ反撃を加えることができる。
「神は『親に従え』と言っている。」と押し付けてくる親に対し、
わたしは「おまえは神をわかってない。神は、わたしを護れと命令している!」と反撃できる。できた。


神ってすごいんやで。



「宗教」がこわいんじゃないだろう。


宗教者がこわいんだよ。



そこらへんを勘違いするから、神をこわがるばかりになる。
味方にしてしまえば、こんなに便利なものはないのに。



posted by ひろみ at 22:22| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年10月11日

結婚。一人のひとと一人のひとを束ねること。


結婚。一人の男性と一人の女性を束ねること。
同性婚。一人のひとと一人のひとを束ねること。


わたしは束ねられたいのだろうか。



posted by ひろみ at 04:25| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年10月05日

実録☆『日本一醜い親への手紙 そんな親なら捨てちゃえば?』読者の生反響☆



『日本一醜い親への手紙 そんな親なら捨てちゃえば?』を次兄に送ったところ、このようなやり取りが起こりました。

エモい。心揺さぶられた。当初だけ。
次兄よ、おまえは一体誰だ?あの、狂暴な、怪物みたいな、わたしを脅迫して踏み躙り、「なんとか絶対に逮捕されないような方法で殺してやりたい。」と次兄の部屋の扉を鬼の形相でわたしに睨みつけさしめた、あの頃のおまえは、どこにいる?
いま、わたしは、白けている。
わたしは、家族の「お母さん」ではない。
わたしは、家族のお世話も、もうしません。わたしは家族の保護者じゃねえ!!!!!!!!!!!!!!!!!

本ブログ初☆糞親貧乏クジを掴まされたきょうだい☆生のやり取りを公開します!

メールを無許可で公開するのはマナー違反だが、ま、公共の福祉ってことでね。





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Fw:久しぶり!
from 次兄


一人暮らしは、どうですかい?



俺は先週

日本一醜い親への手紙
そんな親なら捨てちゃえば

ってゆう、毒親とか虐待の本が
送り主、書いてないメール便で届いたんだわ。

俺、今年の2月にクレーン車の会社に採用決まって
◯◯の寮に単身赴任する前日、両親と焼き鳥屋で飲んだ時
ブラック企業にいた時の話をグチったら
親父が
なんですぐ辞めなかったんだ!って怒りだしやがったんだよね 笑

親父的には、酒が入った状態でブラック企業の話を聞いて感情移入して怒って
目の前で話してる俺に対して
間違って怒りの感情をぶつけたんだと思う。

でもその時、俺の精神状態は
家族と離れて暮らす事になるし
またブラック企業だったらどうしようって不安があって
精神的に弱ってたから傷ついたし
命懸けで働いてたからムカついたけど
言い返しても人の話をまともに聞けない親だから喧嘩になるだけだと思って
もう、死にたいです。ってメール送ったら
母親は多少、気にしてたけど
親父からは特に連絡無かったわ。

6月以降は何回か実家に行ったけど親父は俺と顔合わすの気まずそうだった 笑

んで先月くらいに、◯◯祭(墓参り)
とかいう意味わかんない題名で
ばあちゃんの墓参りについて母親からメール来たんだけど

事あるごとに◯◯◯(母の入信している宗教名)をやたらオススメしてくるのが昔から嫌です。
宗教用語を当たり前のように言われると
知らない人は警戒すると思いますよ。
せっかく、営利目的じゃない宗教として成り立ってるんだから
思いやりをもって説明してみてはいかがでしょうか?

ってメールしといた。

そんなこんなで本を俺に送ったのは親かな?って思ったんだけど
もしかして最近の俺の話を親から聞いてひろみが送ってくれた?






Re:久しぶり!
from ひろみ

はい、私です。
あなたに言いたいことはポジティブなことにつけネガティブなことにつけ沢山ありますが、いまはこれだけ言います。
 
死にたいぐらい、つらかったのですね。あの地獄の家にいたのだから、「死にたいぐらい悲しい」「つらい。苦しい。」と感じるのは、なにもおかしいことではありません。
あなたは、どんなにか、寂しい、悲しい、つらい、不安な思いをしていただろうと思います。
 
いまは、なによりも、あなた自身の身体とこころを、大切にしてください。
あなたのいのちに、尊厳に寄り添う能力は、あの親たちにはありません。
 
ですが、あなたが親にそれを期待するのは、望むのは、なにも悪いことではありません。
 
子供は、保護者に、ケアを求めて当然です。
子供が求めて当然の、温かい言葉や、安心感を与える能力の無い親、そんな貧乏クジを引いてしまったら、つらいにきまっています。
わたしは、あなたが心身ともに深く傷つけられているのに気づいています。
 
休んでください。
意地でも休んでください。
サボってでも、眠って、眠って、眠りまくってください。
 
そして、親たちよりも、◯◯(長兄)よりも、◯◯さん(次兄の妻)◯◯さん(次兄の子供)よりも、なによりもあなた自身の身体と気持ちの安らぎを、最優先させてください。
 
 
ひろみ





Fw:Re: 久しぶり!
from 次兄

誰から来たかわからないからゾッとして疑心暗鬼になって怖かったよ 笑

少し読んで思ったのが
こんなに大変な人達がいるんだから
俺の環境はまだマシで、辛い気持ちはただの甘えだ
と、親から遠回しに言われてるみたいで怒りと悲しみでいっぱいになって
さらに辛くなったから読めなかったわ。

でもひろみが俺を気遣って送ってくれたんだったら、よかったよ。ありがとう!


7月から相性の良さそうなカウンセラーと一緒に認知行動療法ってゆう治療法で
カウンセリングの効果を実感してるし少しずつ回復してきてるよ。


今は体力的に楽なタンクローリーの会社から採用もらって危険物取扱の勉強を始める事にした。労働時間も長くないし、職場の雰囲気もよかった。

もうちょっと休んでカウンセリングで治療したほうがいいと思ってるから
12月から勤務開始させてもらう予定。

◯◯(長兄)からは、運送業なんて誰でもできるし会社に使い倒されて終わり
とかホザかれてムカついたから
俺が仕事が安定して精神的に回復するまでは喧嘩になるだけだから関わらないつもり 笑


あと、あの交通事故の時のひろみのタクシー代なんだけど
まだ事故の処理が終わってないから
俺がたてかえて、振り込みます。
弁護士に渡してあるタクシー代の領収書の値段を問い合わせるから、わかり次第また連絡します。遅くなってごめん!


ひろみは、墓参りの誘い来た?
俺は墓参りだけだと行くモチベーションが上がらないからキャンプのついでに行く予定。

んで、当日は◯◯◯(宗教名)について一切語らないで下さい。
と、行く前に母親にメールしといたほうがいいかなって考えてる。

◯◯◯(宗教名)に対しては好きでも嫌いでもないんだけどね。
狂信してる母親のキチガイっぷりを見るのがダルい 笑






Re: 久しぶり!
from ひろみ

タクシー代は親が立替えたので不要です。
 
私は、◯◯(父の名前)を受信拒否・着信拒否しています。
◯◯◯(母の名前)も、パソコン用のメール以外は受信拒否・着信拒否をしています。
 
私は、かれらから連絡が来ても、金や書類以外の内容の場合は一切無視しています。当然◯◯◯(母の名前)の法事に来いなどの要求も無視しています。返信もしません。
 
あなたがどう行動するかは、あなたが決めることです。
私は、あなたもそのように行動することを、お勧めします。
 
 
ひろみ
 




Fw:Re: 久しぶり!
from 次兄

了解。
 
適当にスルーできるようになって、まずは自分を大事にするよ。
 
また連絡するわ!



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加害者が弱ると、被害者はどうしたらいいかわからない。
加害者が強過ぎても困るけど、加害者が弱くても被害者は困ってしまう。
わたしは、このやり取りをして、つらかった。
あらゆる意味で、わたしは奴隷じゃない!!!!!


きょうだいって、複雑なんだよ。
それが加害者と被害者である場合は、特に。





なかったことになんか、しちゃいけないよ。
苦しかった思いを、いまのこの身体の辛さを、なかったことになんか、絶対にしてはいけない。

つらくて、苦しくて、忘れたくて仕方がないことほど、
いのちのかぎりを尽くして、腹の中心に繋ぎ留め、感じつづけるんだ。
そこに「わたし自身」がいる。



「なかったこと」になど、絶対にしてはいけないよ



posted by ひろみ at 15:39| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年10月03日

ぶ厚いローストビーフは、500円でつくれる。



スーパーで安売りしている牛肉をブロックで買い、ローストビーフをつくった。


ローストビーフはめちゃくちゃ簡単だ。


直方体の肉なら、4面をそれぞれジュッジュッと2分ずつフライパンで焼いて、醤油の中に漬け込んでしまえばよい。


これで完成だ。
実際は肉にニンニクを擦り込んだり、醤油にみりんとか好みのソースを足して漬けダレをつくって漬けたが、
ただ焼いて、素の醤油に半日漬け込むだけでも、十分美味しいだろう。

お店で出てくるローストビーフはたいていモモ肉なので、
わたしは、バラ肉のブロックを買う。
モモ肉じゃもの足りない。脂が少ない。

こってりと甘ーい脂の滴る、バラ肉のローストビーフが至高だ。

甘い脂と血の、とろりと滴るバラ肉のローストビーフの味を知ったら、もうお店のモモ肉じゃ満足できないぜっ!

こんな美味しいものが超簡単に500円で食べられるのに、不思議である。
分厚く切った脂たっぷりのローストビーフを、おつまみみたいにポイポイ口に入れて噛み締める幸せといったらない。

ローストビーフはおしゃれカフェ・レストランメニューではない。


旺盛な肉欲を野蛮に満たしてくれる、カジュアル日常おかずである!

posted by ひろみ at 21:48| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年10月01日

お母さん。お腹の中にいたときから、きっと私とあなたは他者でしたよ。



お母さん。お腹の中にいたときから、きっと私とあなたは他者でしたよ。

カエルが、ハエをぱくんと呑み込んだら、そのカエルとハエは「お友達」になりますか?

ひとつのものになりますか?

ハエは、カエルの「部品」と化しますか?

違います。
ハエは、胃の中で溶かされて死ぬまで、ハエのままです。
死んでやっと、カエルの一部になります。
だからあなたは私に「死」を望んでいたんですね。早く部品にしたいから。

でも、死ぬまでハエは、ハエのままです。
カエルの胃の中にあっても、溶かされて生き終わるまで、ハエはハエのままでいるでしょう。
いのちが尽きるまで。

私があなたのお腹の中にいる時に、勘違いしたのでしょうか?
これは自分の「部品だ」と。

でもね。

私とあなたは、排卵された時点で他者でしたよ。
自信をもっていえる。


そしてわたしは、死んでもあなたの「部品」にはなりません。
あの、地獄の家のシステムの内に組み込まれても。

システムは乱立し、常に複数だ。


あなたは「その」システムの部品と化している。
もう、完全にあなたは生ける屍だ。
わたしは、あなたが生きているとばかり思っていた。そのせいでいつも混乱していた。

でも、あなたは、とっくに死んでいたんだね。
そのシステムの中に溶かされて、もう完全に一部となっている。

大木の気根のように。

あなたは、個ではなく、「その」システムそのものとなっていたのか。

わたしは、屍のあなたに、「どうして生きている人間のように反応してくれないんだろう?」と悲しくて悲しくて、屍をお母さんだと思っていました。

生きている子供が、屍をお母さんだと思い込んでしがみついていたら、苦しいにきまってる。苦し過ぎる。寒くて寒くて、凍え死にそうになるにきまってる。

わたしは、屍をお母さんだと信じ込まされていた。


お母さんはもう、死んでいたんだ。

わたしが生まれるずっと前から。


屍から、生きた子供が生まれてくるのは、不思議だ。
母親と子供は、やはり、排卵の時点で他者に別れてるんだろう。他者に、別れて。

あるいは、そのずっと前から。


遥かな昔から、母親と子供は、絶対的に、絶望的に、他者なんだろう。


でなきゃ、なにもかも、説明がつかない。
ありとあらゆるものが、説明つかない。納得できる説明なんか、一つも無い。


とりあえず、わたしは、まだ死んでなくてよかった。
完全に死なないように、殺されたわたしと生き残ったわたしに分かれて。
戦いつづけて、よかった。
生き残ったわたしがいるから、殺されたわたしも、ちょっとずつ蘇生することができる。
少しずつ、ほんの少しずつ。殺されたあの子も、生き残ったわたしと溶けながら、流れ込みながら、死んだわたしと生きているわたしがカフェオレのように混ざっていく。
統合するのが苦しいのは、そのためだ。死んだわたしに生きているわたしが流れ込み、生きているわたしに、死んだわたしの記憶が、感覚が、体験が流れ込むのだから、以前よりも、苦しみを感じるようになるのは、おかしいことではない。



わたしは、わたしと一つになれないから、母親と一つになろうとしていたんじゃないだろうか?
わたし達と、繋がれないから。


ほかの人とちょっとずつ繋がりだしたことで、やっと母親を切断できた。
母親を切断したことで、やっと殺された「わたし達」に意識を向けられるようになったんだと思う。


たいへんだったね、わたし。
posted by ひろみ at 18:16| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年09月23日

「お前が悪いから殴った。」

書いて、UPしかねていた文章。
あるセラピーを受けたら、楽になったので、いまは、この文章のような気分では、あんまりない(つもり)。

でも、「痕跡」として、残しておこうと思う。


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「お前が悪いから殴った。」

「あんたが悪いから、『生まなきゃよかった。』と言ったのよ。」


と言われ続けたら、


どんなに考えても、「自分が悪い」に、納得できる理由を見つけられなかったら。


「自分が生まれてきたのが悪かったんだ。」

「自分が生きてるのが悪いんだ。」


と思う(納得する)ようになるのは、当然だ。
そして、「死のう。」と思う。



「自分の何が悪かったのか?実感では全然ぴんとこない。
 よくわかんないけど、たぶん私が生まれてきたのが悪かったんだろう。
『私がした悪いこと』といえば、それぐらいしか、思いつかない。」

と自分で自分を納得させるしかないのである。


「お前が悪い。」と言われ続けたひとが、
問題を解決するのに、「死のう。」と思うのは、ごく当然の帰結である。

親たちは「意味」「理由」を振り翳すので、
子供は、親に倣い、自分なりに納得できる「意味」「理由」をなんとか編み出そうとする。親に倣って。


「無意味」「無理由」であるとも知らずに。


切断が必要なんだろう。


「親子」とは、この社会では、「因果」のアレゴリーだ。

子供に「結果」のみを求める親は、
「果」たる子供で、自分が「因」としてはかられるのを、恐れている。

「子供=果」であり、子供に求めるのは「結果」のみになって当然なのである。

プロセスを見てほしい?なにを言っているんだ、お前は「果」だろうが。
お前は「果」でしかないんだよ。

糞親には、プロセスという発想が徹底的に欠けている。
「因」と「果」しか無いのである。





酷すぎるよね。
「生まなきゃよかった。」
この世でいちばん、言っちゃいけない科白だよね。
言ってしまったら、全てを懸けて、言った相手に謝らなきゃならない、取り返しのつかないことばだよね。

でも、お母さんは、「半分はあんたが悪い。」と言った。

わたしが「生まなきゃよかった。」と言われたのは、半分はわたしが悪いらしい。
じゃあ、どうしたら、わたしは「生まなきゃよかった。」と言われずにすんだんだろう?
お母さんのために、ハーバード大で主席をとって、お母さん好みの男性と結婚してセックスして、内臓を全部売ってその売り上げをお母さんにあげれば言われずにすんだんだと思う。

わたしはどうしてしなかったんだろう。


それをしなかったわたしを、


それをしなかったわたしを、


「生まなきゃよかった。」って言われたって、しかたないよね。







わたしは幽霊だ
posted by ひろみ at 11:42| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年09月18日

『日本一醜い親への手紙 そんな親なら捨てちゃえば?』




『日本一醜い親への手紙 そんな親なら捨てちゃえば?』


9月20日までの先払い購入で、信田さよ子さんの2時間以上に及ぶオリジナルビデオを無料視聴できるそうです。

「親への手紙」の先払い購入の新しい特典は…

>1997年に出版された『日本一醜い親への手紙』に「ACは危険思想である」という解説文を寄せ、今回の本にも20年ぶりに名文を書いている大人気の臨床心理士・信田さよ子さん(上の写真)の他のどこのサイトでも見ることができないトーク・ビデオをdZEROの公式サイトで無料視聴できるというもの!



私の「手紙」も、採用されました。


『日本一醜い親への手紙 そんな親なら捨てちゃえば?』に投稿した「手紙」には、笑いながら私を殺したお母さんと、長兄への気持ちを書きました。

そのわたしが母親と長兄に殺された時のことを絵にしたものが、これです。

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こんな感じに、殺されました。
興味のある方は、ぜひ購入してみてください。




ここでも書こうとしてるんだけど、なんだか、いまは書けない気持ちなんだよな。投稿したときは書けたんだけど

posted by ひろみ at 22:02| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年09月10日

次兄への複雑な気持ち


わたしは、次兄とは、いつか、媚びへつらうのではなく、真剣に、今までのことを、話して、わたしの気持ちを伝えて、それに対して次兄がどう思っているのかを、真面目に聞きたいと望んでいる。

でも、それができるようになるのはいつだろうか。何年後だろうか。

絶対に無理だとは、今のかれを見るかぎり、思わないけど、
かれ自身が親の呪縛を、少なくとも今よりももっと遠ざけない限り、わたしは彼に率直にものを言うのは難しいと感じる。

それに、彼がわたしに時折向ける、「学歴」「どうせお前は親に気に入られてんだろ」コンプレックス的なものを、否定不能な悪意を込めて攻撃してくるのを思い出すと、こっちだって逆恨みしてんじゃねーぞカスがとも思うし

それに今いちばん親たちに媚び売ってんのはおまえだろ、次兄?

と言ってやりたくなる。
まあ、寂しいんだろうなとは思うけどさ。
「末っ子は可愛がられてる」なんて糞みたいな言説、さっさと殲滅されてほしいですよ。
「可愛がられる」じゃねーよ。
末っ子はペット扱いされてるんだよ。

はあ。

まあ、かれはかれなりの人生を生きて、わたしはわたしなりの人生を生きて、それで交わらなかったら、それはそれでいいのか。

きょうだいと言っても、他人だからね。


そうはいっても、わたしの中に、きょうだい幻想は在り続けている。
寂しいのさ。
こんなことで、分断されつづけていることが。
寂しいねえ。

こどもの頃のように、最もちいさい子供の頃のように、なれたらいいのになあ。

ほんとうに幼いこどもの頃のように、わたし自身が、なれたらいいのに。
なれたらいいのになあ。

ちいさなちいさな子供の頃のように、なれたらいいのに。わたしが。


ほんとうに幼い、天真爛漫な部分を、踏み壊されている。わたしは。


わたしは、「こどものわたし」を取り戻したいと望んでいる。






追記:目黒のさんま祭りアッ今日だ!!!と思って確認したら、終わっている⋯⋯!!!
焼魚の美味しい店、近くにないかなあ

posted by ひろみ at 17:28| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年09月08日

わたしは女が好きなんですよ。



わたしは女が好きなんですよ。

女というだけで好きなんですよ。
それはきっと幻想に基づくんだろう。
であっても全然構わない。

おなじように、ちんこの人たちが女に夢をみても、それ自体はOKだろうと。

夢とわかって夢をみるぶんには、切なくともいいもんだ。


でも、夢とわからず夢に迷い込むのは、人の性だから。

夢とわからず夢をみて、相手と自分を傷つけることは、今後何億万回と繰り返されていくんだろう。
おなじように、まんこの人が男に夢をみるのも、それ自体はいいことだ。

傷つけることが悪いことじゃない。傷つくことが悪いことじゃない。

傷ついたと知って無視することが、苦しみを増すんだよ。


ひとを傷つけてもいい。反省なんかしなくっていい。
ひとを傷つけ続けた結果、自分が困るようになったら、その時点で「反省」すればいい。

ひとを傷つけて、傷つけ続けて、命を踏み躙り殺し続けても、じぶんが痛まないのなら、いい。

お母さんとお父さんと兄たちは、それをやっている。
しかし、奴らは「自分の傷つき」をも、無視し続けている。


わたしは、「自分の傷つき」に、もっと敏感になりたい。
鋭敏に、感覚を張りめぐらして、感じられなくなっている部分にアクセスしたい。


わたしは、「自分の傷つき」を無視するのを、やめたい。


ちょっと思ったんだけど。
インターネットをやっていると、自分の身体にアクセスしづらくならないか?
わたしは、自分の身体の感覚に、アクセスするのが難しい。


オフラインの時間を置こう。
レンタルしたWiFiを、返却しようと思う。


posted by ひろみ at 22:45| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年09月06日

高嶋あがさ『母を片づけたい』は、「母親の娘への性欲」を活写している。

ちょうどKindle月替わりセールで母は汚屋敷住人 -
母は汚屋敷住人 - が安くなっていたので宣伝したい。


高嶋あがささんの母を片づけたい~汚屋敷で育った私の自分育て直し~ (バンブーコミックス エッセイセレクション) -
母を片づけたい~汚屋敷で育った私の自分育て直し~ - に出てくる母親は、
まさに私が母親は、ロリコン誘拐犯である。で言ったところの、「娘に性欲を抱く母」だと思う。


ご本人が言っているわけではない。

高嶋さん自身は、「女としての嫉妬」ではないか、と想像しているが、
私は典型的な「娘に性欲を抱く母」だと推測している。


「母親が『女として』娘の『女さ』に嫉妬する」という感情は、確かにあるだろう。
私は、その存在「も」、否定しない。

だが、母が〈女として〉娘に嫉妬する、という感情は、母が〈男として〉娘に性欲を抱く、という感情と、矛盾しない。
同居する。
余裕で同居する。
ひとの欲望の在り方は、アンビバレントだ。
つねに、複雑な感情・対極(に見える)欲望の、引っ張り合い。綱引きだ。

それは、なにもおかしいことではない。
私は、「わたし達」なのだから。


〈女〉さを抱えながら、〈男〉的に女性を欲望することなど、日常茶飯事だ。

わたしだってそうだ。



『母は汚屋敷住人』はちょっとぬるいな、もっと掘り下げたの読みたいな、と思ってたけど、
『母を片づけたい』は素晴らしい。

わたし自身が抱えている「セルフ・ネグレクト」の問題とあわせて、とても深く「抉られる」作品となっている。

母親の性欲に悩んでいるひと、セルフ・ネグレクトに苦しんでいるひと、沢山の人たちに、
わたしは、『母を片づけたい』をお薦めします。



posted by ひろみ at 18:49| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年09月04日

柴田英里さんはすごい。

柴田英里さんはすごいなあ⋯

昔、わたしは柴田英里さんを妬んで、悔しく思っていた。

しかし、自分がお母さんから、そして家族全員から受けていた性虐待を認めたいま、
わたしは、柴田英里さんに嫉妬していたんだと、羨んでいたんだと、認めざるを得ない。


柴田英里さんは凄い。尊敬する。
そして羨ましい。


まずは認めよう。




追記:

わたしは柴田絵里さんの感覚と田房永子さんの感覚に3:7ぐらいの割合でそれぞれ共感しつつ、
べつな感覚から、コンビニのエロ本は、カーテンかけるとか、背表紙しか見えないようにするなどしてゾーニングしてほしいと思う。

理由は、わたしが興奮してしまうからである。

わたしは、〈見られる性〉〈女性性〉的な被害感覚とともに、〈見る性〉的にこころが「おっ⋯///」と不意打ちで興奮させられることに気恥ずかしさを感じさせられるため、勘弁してくれや!と苦々しく感じることがある。

性的に興奮させられることは必ずしも不快なばかりではないけど、その「タイミング」と「度合」を、著しく他者にコントロールされたくない、と思う。

わたしだって、「今日はお上品に、爽やかな少年ハートの気分でいたい❤️」という時もある。
セクシーなCMは「ぐへへ⋯」となるけど、
不意打ちで『エロ漫画でい!』って迫力でエロ顔&おっぱいに迫られると、わたしのなかのウブなハートが「きゃーっ!」となってしまい、たいへんきまりわるくなる。

そういう点から、
わたしは、「コンビニのエロ本は、『不意打ちで』エロ表紙が目に入ってこない程度に、ゾーニングしてほしい。」と望みます。



KARAの尻振りダンスをテレビで目の当たりにしたその瞬間、自分が発情期の野生動物になったようなあの衝動・感覚は、いまでも忘れられないな。
あの衣装と振り付け考えた奴、ネ申だろ。
あんな、「発情」としか言いようのない感覚になったのは人生で初めてだよ。

コンビニに入った時ぐらい、「不意打ちで」発情期の動物にはさせられたくないっすよ!
興奮した自分の顔を他の客や店員に目撃されたくないっすよ!!!





posted by ひろみ at 22:38| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする