2017年01月29日

私の母親は、娘の私に性虐待をしていました。


「女性は性虐待をしない」なんて大嘘には、私は絶対に左袒できない。


母親は、性虐待を、します。


私の母親は、娘の私に性虐待をしていました。

〈女性〉は、性虐待を、するんです。

当然、性犯罪も犯します。

「男性保育士は性犯罪者予備軍だから安心できない」?
「女性保育士なら性犯罪をしないから大丈夫」?


ふざけんなよ。

やるわ。
女だって、性虐待。

男性差別をやめろ!
女性差別をやめることは、男性差別をやめることと表裏一体だ。

それは、ヘテロセクシズムの「外」に出ることである。

異性愛強制の外に出ろ。
女性の加害性を認めることは、女性を「人間」として認めることだ。


私は男でも女でもないけど、「にんげん」だもんねー。
posted by ひろみ at 13:44| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年01月12日

ヘテロセクシズムの怪物

https://www.hrw.org/sites/default/files/report_pdf/japan0516_japanesemanga_web.pdf

こういう漫画見るの、凄くドキドキする。緊張で、自分の痛いところに触れられないか、不安で。
でも読むと、「ふう…(一仕事終えた感)」となる。
痛いところが、痛まないように触れるのは、もどかしくて、つらいものね。

それにしてもつくづくと、「男の世界って陰湿だなあ…」と思います。

〈男〉って、陰湿だよね。

ホモセクシュアルを侮蔑する、という不断の行為によってしか「ヘテロ男性」様のお墨付きは得られないんだから。

〈女性〉にも、陰湿な人がいます。
その極致が、「名誉男性」様です。

究極まで練り上げられた、「THE・女」様。
彼女は、限りなく〈男〉だ。

究極まで練り上げられた「THE・男」様も、限りなく〈女〉です。
「自分は完全な『男』だ。」という自己規定からは、彼の〈女〉さが汪溢しています。

ヘテロセクシズムを研ぎ澄ませていくと、〈男〉〈女〉の境目はなくなります。
ちんこもまんこも超えた、「ヘテロセクシズムの怪物」という一つのカタマリになります。

私は、そのカタマリを抜け出して、「個」の仕切りを取り戻そうとしている。
ひとは、もともと個だったのか、もともとカタマリだったのか、私にはわからない。

大切なのは、「今、私がカタマリを抜け出したい」と望んでいることだと思う。

カタマリを抜け出して、わたしを見たい。

見せてくれ、わたしよ!
ゆっくりで、いい。一生かかってもいい。教えてほしい。わたしが、ほんとうは何を一番望んでいるのか。
今は黙して閉ざしている。
それはわたしがわたしを護るためだ。
だったらせかすのはやめよう。ずっとせかされてきたんだから、わたしになりかけている今、なおさらゆっくりと、私の歩調をまもってあげよう。

一生かかってもいい。永遠がかかってもいい。
わたしに合わせる。
わたしに合わせよう。
怯えてぎっちり閉じ込んでいるわたしの、ペースに。
とこう書いているということは、私は焦っているんだ。
焦るねえ。

焦っちゃうよねえ。

焦ってもいいんだよ。

焦らなくても、いいんだ。

そして、焦ってもいい。



posted by ひろみ at 18:58| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年01月04日

現実

やっぱり勝実は性虐待の加害者だよなあ。

脂ぎった、メタボの、陰湿な、モラルハラスメントの、ニヤニヤした、ネットウヨクの、
自分の世話を娘に焼いてもらおうとする、武士の子孫ぶって悲劇のヒーローぶってる、
ロリコンの、
エロジジイだ。
posted by ひろみ at 13:39| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

よき効能

こうやって自分の気持ちを書いていくと、胸に詰まったカッチカチの脱脂綿みたいのがちょっと抜けかけて、
その跡にかさかさと乾いた、空っぽな、空洞な感じが残る。心の穴の形が、はっきりと感じられる感じ。

からっぽで、悲しくて、寂しいんだけど、異物が取れたような感じがするんだ。
今まで私は、カラカラに乾燥した、脱脂綿とか固まった綿埃みたいなので心の穴をうめていたんだ。
それは、「お母さんは私を愛してくれているんだ」「お父さんは私を愛してくれているんだ」、という幻想。
カラカラで、萎びて、何の栄養もなくて、なにより乾燥した繊維が生傷にずりずり擦れてジンジン痛かったのに、
それ以外で止血できないと思い込んで、必死にその痛いカラカラしたものを指で詰め込んで、無理矢理押し込んでいた。
そうすると、たしかに埋まった感じはした。そして、痛みもちょっと麻痺した感じがした。それで「もう大丈夫だ、私は健康だ!」と思い込んで、自分に言い聞かせて、安心しようとしていた。

でも、本当に必要だったのは、その汚れた脱脂綿を抜き取って、傷口を洗って、
新鮮な空気と、栄養と、あったかい潤いをあげる手当てだった。

私に必要なのは、湿潤療法だと思う。
そして、こまめに洗って、栄養をたっぷり取ろう。

今まで、心の穴を撫でて、さすって、痛いのを癒すのを妨げていたのは、ガチガチに詰まった脱脂綿だったんだ。
お母さんと、お父さんという。

優しく、さすろう。私自身の、あったかい手で。
なにかあるごとに、そっとあたたかくさすってあげよう…


posted by ひろみ at 13:23| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

お母さんが糞野郎だと困る

この、「うすうす分かっているのに、はたと停止して認めようとしない、身体の根っこの思考」みたいのは、なんなのかね。

分かってんだよ。もう、9割がた、それが真実だって。
お母さんは私に嫉妬していた。自分で勝手に作ったにも拘らず、勝手に作った挙句、私を道具として濫用し、
そのくせ私の能力や、性役割の押し付けを撥ね返そうとする生命力の強さを、「ずるい!」と妬んで、ひたすら「自分はマジョリティという権力者だ!」と、子供の私にマウンティングを仕掛けて優位に立とうとしていた。

その精神構造が、今なら手に取るように解るのに、心の根っこが認めたがらなくて、まだ認めようとしない。
いずれゆっくりと、これまでそうだったように、少しずつ根っこまでこの現実認識、真実だと認める気持ちが降りてくるんだろうけど、なかなかゆっくりで、もどかしいなあ。

お母さんが糞野郎で、そんなに困るの?

って感じだけど、困るんだろうな。私の根っこの、今まで必死にずっと私を支えてきた、支えてきてくれたものが、「そんなことじゃ支えられないよ!」って、困り果てちゃうんだろうな。

お母さんが糞野郎の、矮小な、どうしようもない虐め加害者だという事実を認めてしまったら、そんな糞野郎に生命が左右されると感じている、安危を握られていたと感じている、過去からの私の意識が、「そんなんじゃ生き残れないじゃーん!!お母さんが矮小な糞野郎だったら、そしたら私の命はどうなっちゃうの!?誰にも護ってもらえないじゃん!!殺されるよ!助けてよ!お母さん以外に助けを求めるあてが無いのに(誤認)!!!!そんなの認めたら恐すぎて生きていけない!恐怖でいっぱいで、希望もなくて、そんなの生きていけない!!そんなの信じるもんか!お母さんが矮小な糞野郎だなんて、認めたら死ぬしかない!認めたら希望が潰える!!たとえ事実だとしても、お母さんが矮小な糞野郎だなんて、絶対に認めないぞ!!!!!」

って思ってるんだ。
その気持ちは分かるよ。だってそのようにお母さんとお父さんが、私を洗脳してきたもんね。
たとえ事実じゃなくても、お花畑な虚偽の幻想でも、それで胸の穴を埋めないと、恐くて生きられないもんね。
だから、私は悪くないんだよ。おかしいことを信じていても、それは、生き残りたいからだよ。
生き残りたいから、嘘で自分を騙していた過去を、バカにするのはやめよう。
私は、生き残るために愚かさを必要としたんだよ。お母さんとお父さんを信じていた自分を、責めるのはやめよう。
お父さんとお母さんは、「俺たちを信じなければ殺す。」と私に命令していたんだよ。
圧倒的な力がある大人が、生まれてきたばかりの子供に、生まれてからずうっと、「自分達を信じなければお前を殺す。」と命令してきたんだ。
「家族」の物語に監禁されていた私は、「親」の皮を被った犯罪者に、殺されないようにずっと彼らを信じるふりをしなければならなかった。「ふり」をより尤もらしく見せるために、ほんとうに自分をそう洗脳しなければならなかった。
そうして、いつしか、「ふり」をほんとうの自分の気持ちだと思い込んだ。
そして今、「親」の皮を被った犯罪者に媚びへつらっていた、隷従していた、後遺症が私の生活に現れている。
これは、後遺症だよ。ゆっくりゆっくり、今の生活にあわせて、伸びをしていこう。
今、私はリハビリをしているんだ。糞親という事故に、生まれた直後から轢かれて、轢かれて踏み躙ってグチャグチャに皺をつけられてしまった私のこころを、ゆっくりと、深呼吸しながら、優しく伸ばしていこう。

のびのびと、私の生命につけられた皺を、伸ばしていこう。今の私の生命が、いちばん喜ぶような、きもちいい柔らかさに。

しっとりと、ぬるくて、水のように柔らかい生命に。





posted by ひろみ at 12:53| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする