2017年05月08日

愚痴


あああああくそかったりぃ!!!!!!!
めんどくさ!!!!!
この世でもっとも茶番なことをマジ顔でやんなきゃいけないとかだっる!!!!!
働きたくない!とは完全に思うわけじゃないけどその前段階にこんなクソかったるいことしたくねええええええええええ!!!

やるしかねえか!
でも叫ばにゃやっとられんわ!!!
ベーシックインカムよこせよ!!!あと仇討ち権をな!!!!!!

わたしを虐めた奴は全員腹掻っ捌いてアスファルトにはらわたぶち撒けろ!
と威勢のいいこと書いてみようとして不思議に冷静になります。
熱くなろうとすると水を被せようとする「わたし達」がいるんですね。
でももうちょっと爆発したいですね。
原発くんもこんな気持ちなのかな。

こころからだるい。人と関わりたくない。
わたし達を黙らせている。抑圧している。今はそれを自覚しよう。
長渕剛を歌いたい⋯



***

ふう。終わってみればどんなことも容易く感じられる。

あのクソババアが私を脅し続けた成果が、この不必要な怯え、悲観だ。
子供の人生いびってないで、てめえの夫婦関係を見直せってんだよ。

馴れ合いと、失望と、妥協だけで夫婦関係を数十年間継続できる人たちは、
子供の見ている世界とは、まったく違う世界を見てるんだろうね。

終わってしまえばあっけない。全てが。

離婚だってしてしまえばあっけない、拍子抜けするほど気楽なもんじゃないかしら?
そんなことは、ホモセクシュアルの世迷言なのかなあ



***


考えてみると、熱くなってキレようものなら、その復讐にどんな恐ろしい一撃が返ってくるか分からない家で育ってきたんだものな。
キレても殺されないならキレることもできるかもしれないけど、
キレたら殺される危険のある家に監禁されて育つと、憤懣が溜まってもよっぽどのことがない限り、
あるいは「キレても安全だろう」と冷静に分析する理性(わたし達)が働いている時しか、「キレる」ことができなくなるんだ。

代わりに、私は抑鬱状態に陥る。
抑、鬱。という感じになる。遠い目をして、息を潜めて。


田房永子さんの『キレる私をやめたい』は超役に立つ本だ。

けど、その一点で、私とは違うなあと感じる。
私は、自分が手を上げようものなら、サイコパスの長兄に、一撃のもとに殺されるかもしれなかった。
誇張でなく。
だから私が爆発しそうになったら、瞬時に冷却水を掛ける役の「わたし達」が必要だったんだろう。

だからちょっと、「キレる」ことができる人が羨ましいとすら思ってしまうんだ。
ご本人たちは、ほんとうに苦しんでいるんだろうけども。


キレられるのも、泣けるのも、素晴らしいことだと思う。




posted by ひろみ at 09:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする