2017年10月01日

お母さん。お腹の中にいたときから、きっと私とあなたは他者でしたよ。



お母さん。お腹の中にいたときから、きっと私とあなたは他者でしたよ。

カエルが、ハエをぱくんと呑み込んだら、そのカエルとハエは「お友達」になりますか?

ひとつのものになりますか?

ハエは、カエルの「部品」と化しますか?

違います。
ハエは、胃の中で溶かされて死ぬまで、ハエのままです。
死んでやっと、カエルの一部になります。
だからあなたは私に「死」を望んでいたんですね。早く部品にしたいから。

でも、死ぬまでハエは、ハエのままです。
カエルの胃の中にあっても、溶かされて生き終わるまで、ハエはハエのままでいるでしょう。
いのちが尽きるまで。

私があなたのお腹の中にいる時に、勘違いしたのでしょうか?
これは自分の「部品だ」と。

でもね。

私とあなたは、排卵された時点で他者でしたよ。
自信をもっていえる。


そしてわたしは、死んでもあなたの「部品」にはなりません。
あの、地獄の家のシステムの内に組み込まれても。

システムは乱立し、常に複数だ。


あなたは「その」システムの部品と化している。
もう、完全にあなたは生ける屍だ。
わたしは、あなたが生きているとばかり思っていた。そのせいでいつも混乱していた。

でも、あなたは、とっくに死んでいたんだね。
そのシステムの中に溶かされて、もう完全に一部となっている。

大木の気根のように。

あなたは、個ではなく、「その」システムそのものとなっていたのか。

わたしは、屍のあなたに、「どうして生きている人間のように反応してくれないんだろう?」と悲しくて悲しくて、屍をお母さんだと思っていました。

生きている子供が、屍をお母さんだと思い込んでしがみついていたら、苦しいにきまってる。苦し過ぎる。寒くて寒くて、凍え死にそうになるにきまってる。

わたしは、屍をお母さんだと信じ込まされていた。


お母さんはもう、死んでいたんだ。

わたしが生まれるずっと前から。


屍から、生きた子供が生まれてくるのは、不思議だ。
母親と子供は、やはり、排卵の時点で他者に別れてるんだろう。他者に、別れて。

あるいは、そのずっと前から。


遥かな昔から、母親と子供は、絶対的に、絶望的に、他者なんだろう。


でなきゃ、なにもかも、説明がつかない。
ありとあらゆるものが、説明つかない。納得できる説明なんか、一つも無い。


とりあえず、わたしは、まだ死んでなくてよかった。
完全に死なないように、殺されたわたしと生き残ったわたしに分かれて。
戦いつづけて、よかった。
生き残ったわたしがいるから、殺されたわたしも、ちょっとずつ蘇生することができる。
少しずつ、ほんの少しずつ。殺されたあの子も、生き残ったわたしと溶けながら、流れ込みながら、死んだわたしと生きているわたしがカフェオレのように混ざっていく。
統合するのが苦しいのは、そのためだ。死んだわたしに生きているわたしが流れ込み、生きているわたしに、死んだわたしの記憶が、感覚が、体験が流れ込むのだから、以前よりも、苦しみを感じるようになるのは、おかしいことではない。



わたしは、わたしと一つになれないから、母親と一つになろうとしていたんじゃないだろうか?
わたし達と、繋がれないから。


ほかの人とちょっとずつ繋がりだしたことで、やっと母親を切断できた。
母親を切断したことで、やっと殺された「わたし達」に意識を向けられるようになったんだと思う。


たいへんだったね、わたし。
posted by ひろみ at 18:16| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする