2017年07月19日

赤ちゃんみたいに泣けるって、素敵なことだよ。




小さい頃。

とても幼い頃。小学校にも入っていない頃だったと思う。
わたしは、母親に、デパートまで連れられて行った。

デパートの外。
わたしは、母親に、露店のアイスキャンデーを買い与えられた。
そして、母親は、デパートの外にわたしを置いて、デパートのバーゲン会場へ行った。

わたしは、1人だった。
辺りには、誰もいなかった。大人も、子供も、誰もいなかった。
わたしは、敷石のところに座って、アイスキャンデーを食べた。
食べ終わっても、誰もいなかった。
わたし、1人だった。
誰もいなくて、不安だったけど、なにもできなかったし、どこにも行けなかった。
子供1人。

灰色のコンクリートに囲まれて、わたしは一人ぼっちだった。
わたしは、することがなくて(何も持っていなかった)、アイスキャンデーの棒を、裂いた。
濡れて柔らかくなった木を、噛んで、繊維にそって、細く裂きはじめた。
辺りに誰もいない。母親は、どこに行ったのかわからない。
だんだんと、しゅわぁーっと、周りが白い靄で包まれていった。
白っぽい靄の中で、わたし以外、何も見えなくなった。
コンクリートの灰色も、座っている敷石も、何も感じなくなった。
誰もいない空間で、わたしは、何かを感じないように、気づかないように、一心にアイスキャンデーの棒を裂き続けた。
裂いていくうちに、か細い繊維の束になって、筆みたいになることを目指した。

それから、どれくらい時間が経ったか分からない。
気絶して、目が覚めたような気がする。感覚では。
母親が、戻ってきた。でもなんだか現実味がなかった。
「ごめんねーw」と笑って、母親は歩き出した。わたしはぼうっと付いていった。
ぼうっとしている。辺りに現実味がない。
一言、文句を言った気がするが、諦めきった呼吸だった。
母親は、「ごめんねーw」と言った。

それから、記憶が途絶えている。


寂しいはずなのに、何も感じないような気がするのは、解離なのだろう。
⋯⋯と、「何も感じないような気が」と書きかけて、やっと、涙がじわっと沸いてきた。

何も感じないような気がする。
何も感じないような気がする。
何も感じないような気がするという、状態に、涙が出るのだろうか。

とにかく、何も感じないような気がする。
と書くと、涙がじんわりと溢れてくる。
ならば、それが答えなんだろう。

「何も感じないような気がする」と言いながら、やっと涙が流れてくるわたしに、わたしは、途方に暮れている。
何も感じないような気がするこれが、苦しいのだろうか。
責めないから、馬鹿にしたりしないから、その気持ちを聞かせてほしい。
もう、ここに、お母さんは、いないんだよ。
もう、わたしの気持ちを馬鹿にする人は、いないよ。
寂しいって感じることは、いけないことじゃ、ないよ。
いまなら。
いくらでも寂しいって、感じていいんだよ。
寂しいよ。寂しいね。寂しいね。

寂しいって泣くことは、「赤ちゃんみたいでダメなこと」じゃあ、ないよ。
「赤ちゃんみたいだよぉ!」と子供を馬鹿にする母親の声をよく聞くけど、
赤ちゃんみたいなことは、素敵なことだよ。
自分の気持ちを、力いっぱい泣いて表現できる、「赤ちゃんみたいなこと」って、ほんとうに素晴らしいことだよ。
赤ちゃんみたいに泣けるって、とっても素敵なことだよ。
赤ちゃんみたいに、泣こうよ。

わたしよ

posted by ひろみ at 02:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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