2017年08月05日

いいぞどんどん言ってやれ >すべての人へ。




わたしは言いたいことを言いまくってやりたくて(半)匿名でことばを書いているけど、実名を明らかにしてものを言うのは、どんなにか勇気のいることだろうと思う。


‪私は、パレーシアするひとを‬‪尊敬する。‬

‪顕名で生き恥を晒しているネットウヨク的な人々もいるが、それはそれで懸命に生きているのだろうとは思う。尊敬はできないが。‬

‪とにかく、言いたいことを言うのは気持ちがいいものだ。‬

‪言いたいことを言えばいいのだ。みんな。‬
‪言いたいことを言って逮捕される国でない限り、匿名でくらい、言いたいことを言えばいい。みんな。‬
‪言いたいことを言うのは最高の健康法だ。‬

‪糞親たちを見よ。‬
‪サイコパスお母さんたちの、究極の言いたい放題っぷりを、そのイキイキっぷりを、もっと見習っていい。‬
‪ほんと、言いたいこと言いまくってるからあいつら、健康なのよね⋯⋯死ねばいいのに。‬


‪話がちょっと逸れた。‬


‪わたし達が奪われたのは、「ことば」だ。‬
‪「ことば」を、取り戻せ。‬


‪わたしは、千葉雅也さんのパレーシアに、こころからの、「よっしゃあ!」を送る。‬





千葉雅也 『勉強の哲学』発売中 ‪@masayachiba‬
‪これを言うかは長く迷っていたんだけど、僕の文脈を知らない読者も増えたし、「我々」の時局も時局だから、前提を示した方がいいだろうと思って言うと、僕はゲイとして生きてきました。正確にはバイセクシャルな面もあるので、ほぼゲイとして。これまで、その立場から社会的発言をしてきました。‬午後10:08 · 2017年7月27日


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こういう言い方もアレだけど、ゲイの知識人としての役割を果たす必要もあるな、と思ったわけよ。フーコーだってそれをやった。

千葉雅也 『勉強の哲学』発売中 ‪@masayachiba‬
歴史との格闘だな。カッコつけてばかりもいられない。

千葉雅也 『勉強の哲学』発売中 ‪@masayachib‬a
‪まあ、このアカウントは親が見てるから、あちゃーと思うだろうなあ。いやはや。‬

千葉雅也 『勉強の哲学』発売中 ‪@masayachib‬a
しかしそれも本当「我々」にとっては問題でね。子の親に対する葛藤というのは古い問題系で、むしろ親から子へ、という東さんの理論方針はある種の非精神分析として大事なんだけど、こっちとしてはやっぱ親の問題はデカいわけですよ。


ほんっとそーなのよね!!!!!!!!!!!!!
親によるヘイトクライムの被害者となった子供たちで、集団訴訟とかできませんかね!?
ファーストレイプもセカンドレイプもサード(ry)喰らってるんですけど、親を法で規制しろよ!!!!!!!
だから東さんの提唱する「新しい家族」なる概念も怖気走ってしょうがないんですよね!!!!!!!!

「私たち」は、「家族」というだけで、反吐が出るんですよ!!!!!

どんなに素晴らしい概念でも、「家族」と名付けられた時点で、蕁麻疹が出て、虚脱状態、呼吸困難に、「生理的に無理」になる人たちの気持ちも、思い知らせてやりたいぐらいだなぁ!!!

そのくらいの覚悟をもって、「家族」ということばを選んでるのか、疑問ですね。
べつに東さんに恨みがあるわけじゃないが、そんなふうに簡単に、気軽に(と敢えて決めつけさせてもらう。)「家族」ということばを使える時点で、
「ああ、わたし達とは全く彼岸の世界で生きてらっしゃるんだなあ⋯⋯」と疎外を覚えるんだよ。
この事実を、思い知ってほしいね!!!


「家族から擬似家族へ」とかって、「家族」という名がついてる時点で、地獄への再回帰にしか感じられないんだよ。

こういう、「名前」の問題って、大事だぞ。
「家族」じゃない、新概念じゃだめなん?



だいたいセクマイ当事者は往々にして親に対して弱腰なんだよ!!!!!!!
そこは私、憤ってるぞ!!!!!

「あなた何も悪くないやん⋯」ってことで「親に申し訳なく」思っているセクマイ達のことばを聞いて、どんなに(他人事ながら)忸怩たる思いを噛みしめているか!!!

「ぶち◯すぞ(共謀罪対策)ヘイトクライマー!!!」と叫んで糞親に中指を立てる気概が足りない!!!!!

気概をもて。
親よりも、はるかにあなたの尊厳のほうが大事なんだよ!!!!!!!!


まきむぅはアダルトチルドレンの自認をもったほうがいいと思う(お節介無礼発言)。



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僕はストレートのアライの立場には基本的に懐疑的です。というのは、彼ら自身の承認欲求が大きくあるのでは、と思うからです。今日、LGBTを支援することはほとんど「絶対的な善」であり、そうすれば絶対的に承認される。絶対に外れない「承認馬券」を買うようなものだからです。

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今のはいくらなんでも悪し様に言っているけど、つねに承認の偶発性で揺らいでいる当事者の立場からすれば、こっちにすり寄ってくるアライは盤石な立場で結構なことですねえ、という思いがあるというのが正直なところ。まあ、必要な存在ではあるけど。って言うと冷たいが、それがこっちの感覚だな。


‪わたしは、‬「アライ(同盟者・味方)」という言葉に、ペテン師の臭気を感じる。
なんと他人事感丸出しの、お為ごかしの、「好意ある善人でございます。」上から目線オーラ溢れることばだろうか。
「私は君の味方だよ!」と自称しながらにじり寄ってくる奴の、鼻持ちならない詐欺師臭を、自身では感じられないのだろうか?


あんたが私の味方かどうかは、私自身が判断する。
あなたが決めることじゃない。勘違いするな!


という思いを、「アライ」という言葉に感じます。


名乗るんだったら、「脱ヘテロセクシスト」「クィアストレート」とか、どうでしょうか?



そもそもなあ。


自分はホモだと絶対に思われたくないけど、『マイノリティに優しい善良な市民』の服は着たい!自分は絶対にホモだと思われたくないけど。」


って願望が見え見えなんだよ!!!!!!!!


「私はあなた達を差別しませんよ!私自身は絶対にホモだと思われたくないので『ストレートだけどホモに味方する人』という造語をわざわざ作って世間に流布はしますが、『ホモのあなたたち』を差別するような酷い人達とは、私は違うんですからね><!!!」

って言われてセクマイが喜ぶとでも思ってるのかな?
無礼(なめ)てんのか?


「味方」を名乗りたいなら、自分もホモだと思われる覚悟をもてよ。


ホモだと思われる覚悟もなしに、
「同類」だと、「お仲間」だと、十把一からげに差別される覚悟もなしに、
「脱差別」の旗なんぞ掲げるな。


「私たち」が戦っているのは、その「十把一からげ」なんだよ!


このヘテロセクシズムの世界を攪乱し、動揺し、内破したいなら、
自分に負わされた「十把一からげ」の衣を、「これも面白いじゃん?」と笑って肩脱ぎに掛けていく、「身振り」が必要だ。

差別者たちは、その朗らかな「引き受け」に、戦慄し不安に襲われるだろう。
足元が、動揺させられる。

軽やかにスティグマを着こなして、かぶいて魅せる出で立ちこそが、「しるし」を無意味に、たんなる模様へと変えていく。

スティグマを空洞化するその手伝いをしてくれるなら、「おっ ありがとさん。」と思えるんだがねぇ?


決して「味方」には、なれんでしょうな。
「アライ」を名乗っているかぎり。





言いたいことを、言ってやる。




posted by ひろみ at 03:25| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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