2018年02月11日

きっとわたしは大人になんかなれない。




「世界にたったひとつの身体」という表現を目にした。


たしかに、この身体は、世界にたったひとつだ。


そして、この身体は、わたしに苦痛だ。



きっとわたしは、大人になんかなれない。


わたしは、武田鉄矢の歌が好きだ。
アダルトチルドレンソング。



特に、「少年期」が好きだ。



⋯⋯わたしは、きっと、大人になんかなれない。



どれだけ永く生き延びても、きっと大人になんか、なれないだろう。


わたしは。




この身体は、大人になんか、なれない身体。




生きているのか死んでいるのかわからない身体



どっちにせよ、大人になんかなれない。




ありもしない「大人」も、ありもしない「責任」も、わたしから遠く疎外された概念だ。




いったい、いつ、誰が、「責任」なんか取ったことあるんですか?


歴史上に、だれか一人でも、いるんですか?




わたしが発生した責任を、だれが取ってくれるんですか










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2018年02月06日

生き残りメシ



「動けなくなるからだ」を持っているひとへ。



マジで動けないウェーブの起こり・兆しがあったら、


野菜ジュースとナッツを枕元に置こう。


野菜ジュースはフレッシュ感あるし(お茶でもいいけど)、ナッツも美味しい。栄養ある。
密封袋なら、夏場でも枕元に置きっぱにできる。



今は、完全に動けないほどではないが、寒すぎて飯を作るなど不能!な感じなので、
アルファ米を食べまくっている。


尾西食品 アルファ米12種類全部セット(非常食 5年保存 各味1食×12種類) -
尾西食品 アルファ米12種類全部セット(非常食 5年保存 各味1食×12種類) -


お湯(水でもよい)を入れるだけで食べられるご飯。
「ほしいい」の現代版。


尾西食品の「わかめご飯」が美味しすぎて感動である。


「山菜おこわ」もふっくらと美味しい。
松茸ごはんもよかった。

この尾西食品のアルファ米のお蔭で、「和ごはん食べたい欲」がすっかり満たされてしまった。


エビピラフとチキンライスは非常時でも食いたくないレベルなので避けたい。
ドライカレーはこれから食べてみるつもりだけど、和ごはん系が外れの無い感じなので、和ごはん系だけ注文してもいいだろう。



トラウマ反応も天災も、似たようなものだ。



トラウマ性障害もちのひとは、非常食と水分を、枕元に置いておこう。




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2018年02月02日

「きづく」と、「きずつく」は、似ている。






「きづく」と、「きずつく」は、似ている。








ただ、そう思った。





「気付く」と、「傷つく」は、似ている。









「築く」もかな



posted by ひろみ at 04:26| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年01月30日

他者の自意識に、わたしの自意識が触れて揺らめく。



http://muninini.hatenablog.com/entry/2018/01/29/191834



「〜(なければ)いけない」の連呼。

「幸せになります」という、他者(そして、自分の中の「わたし達」)に対する申しひらき。


内部の、自殺欲動への抗いが如実に現れた文面に、わたしの自意識が「ああ⋯」と言っている。


「自分は幸せだ」という言い聞かせ。
死の欲動に捕らわれているひとは、明るい、希望に満ちた身振りをしたがる。
いや、せずにはいられない。

昔のわたしの声を、聞いているようだ。




いやーーーーーーーーーーーーーーー永田さんの母親、毒いなあっ!


「厄い」みたいな言い方した




永田さんの母親、
永田さんに漫画描いて欲しくないんだろうなあ。
自由になって欲しくないんだろうなあ。

自分の支配権のなかに、永田さんの生身に、楔を打ち込んで、繋いでおきたいんだろうなあ。




「〜いけない」という禁制は、死の欲動へ抗うのに、いちばん最初にひとが使う手段である。


これに対するには、「死以外の安らぎ」「寄り添い」「死を受け容れた、いのちそのものへのまなざし」が要る。



死んでもいいのさ。「この生」を。



つらいんだね、永田さん。
死によってでも逃げたいほどの、苦痛の塊が身近にベッタリとくっついているんだね。


つらいよなあ。
苦しいよなあ。


「この生」をやめたいぐらい、つらくてたまらないんだね。



「この生」をやめたいと望むのは、おかしいことでもなんでもないよ。








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2018年01月24日

わたしはいま、「死」を否定していない。





わたしはいま、「死」を否定していない。



ひとが死ぬことを、否定していない。




それができるのは、
いま、わたしが、「まあ、なんだかんだで生き延びちゃうんだろうな、わたし。」と深くおぼえているからだ。



「死んじゃだめだよ!死ぬのなんて絶対だめだ!馬鹿のすることだ!!」と息巻いているひとは、
そう自分じしんに言い続けていないと自分が死んでしまう。
必死で。


死に赴いてしまう、自分の中の止むに止まれぬ力が。


と、深く感じているんじゃないか?
潜在する自殺願望。



ひとは、烈しく欲望すればするほど、それを必死で禁じようとする。



わたしは、あの地獄の家で、「生きるのって素晴らしいよ!一人ひとりみんなが良さをもっていて、いつか皆で幸せになれるんだよ!自殺なんて大馬鹿野郎がすることだよ!少なくともわたしは生きることの素晴らしさを知っているんだから、絶対に、ぜーったいに自殺なんて、しないもんね!!」と爛々と目を輝かせてひとに、自分じしんに叫んでいた。



いま、
わたしは、ひとりでいて、「まあ死ぬのもええんちゃう?そうしなきゃ逃れられない苦しみがあるんだろうし。生きてもいいし、死んでもいい。どっちも、良いことでも、悪いことでもないんだよ。」と思っている。



そんなわたしは、いま、「死にてええええって思うこともあるんだけど、生きちゃうんだなあ、これが。どうも、わたし、生きちゃうみたいだ。嫌でも。」と感じている。




なにが言いたいかというと、


異様に明るくてポジティブ、希望に満ちた発言を爛々とした目で言いつのるひとは、


いまにも死にそうな絶望と内部で死闘しています。


ソースは俺。




「死んだっていいじゃーん」と言っているひとには、
「あなたはいま、そういう気持ちなんだね。」って感じで接してあげてほしいですね。

そう言ってあげることが、
絶望を絶望のままに絶望させてあげることが、なによりもわたしの魂にとって、癒しとなったんです。


ほんとだよ。


うそじゃないぜ





posted by ひろみ at 10:08| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年01月18日

わけがわからない


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確かに、あなたはずっと私の誇りであり自慢でした。
全然心配をさせないし、私が到底行けなかった、◯◯[注:中学名]、◯◯[注:大学名]に進み、親としてキャンパスを歩けたのは最高の喜びでした。本当にありがとう。
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母親から、こういうメールがきた。
いろいろな思いはまた後日書くとして、

子供がいわゆる名門大学に行くのって、そんなに嬉しいことなのか?

昔のひとってそうなのか。
かのじょが生まれ育った地の、風土が、そうさせているのか。

意味がわからない。という感覚がする。正直に言って。


自分がいくわけじゃなくても、そんなに嬉しいものなのか。


わたしはいま、叫び出して、泣きそうだ。
それを必死に押さえている。
押さえなくていいのに。
苦しい。
胸がぎくぎくする。

ひどい。悲しい。
そんなわたしは、悪い子じゃないはずだ。

喉がぎくぎくする。

わたしは、お母さんに喜んでほしかった。
それは、実現できていたらしい。
それなのに、どうしてあんな酷いことをされなきゃいけないの?
いい子になったって、なんの意味もないじゃないか。
がんばったのに。

わたしは、悲しくて、たまらない。

まともな扱いを受けたくて、あんなに頑張っていたのに、なんであんな酷いことをされなきゃいけないの?
いい子でいたのに。一生懸命いい子をやったのに。
いい子をやっても、あんな酷いことをされるんだ。
わたしが悪い子だからあんなことをされたんだって思わなきゃ、やってられないんだな。

理不尽だ。
どっちに転んでも私、不幸せじゃないか。

酷い。
ほんとうにわたしの人生の始まりは、クソだった。

クソなものをクソだと言ってなにが悪いんだ。

わたしの人生の始まりは、クソだ。

もうなにもできない。


からっぽだ。


苦しい。



そうなんだったら、ほめてよ!!!

だったらどうして「早く出て行ってほしいわ。」とか言ったの!!
「そんなんじゃ社会出てやっていけないよ!!!!」とか罵ったの!!!
いつも「忌々しいこいつ」って見られて、悲しかった。
わたしがいなくなればみんな喜ぶって思ってた。
わけのわからないこと言わないで。
苦しい。

いい子でいても、ほめてもらえないんだ。
奴隷の苦しみが分かった気がした。


みなさん、いい子でいても、ほめてもらえません。
決して。

ほめてもらいたかったら、楯突きましょう。
蜂起する。

そうしないと、死ぬまでほめてもらえません。

クソですね。



いい子なんかやっても、死んでもほめてもらえません。
グレて人を殺したほうがまだマシだわ。


あーあ。

ロボットに育ててもらいたかったなあ。


鉄腕アトムの、イプシロンが、とても好きだった。

わたし、イプシロンに育てられたかったんだ。


今になってまともな言葉をかけられても困る。

やさしい言葉なら、地獄の苦しみの渦中⋯⋯は今か。

やさしい言葉は、傷ついている、幼い子供のわたしに言ってほしかった。
蜂起した、力を得たわたしに言って、なんになる?

誰にも助けてもらえなかったあの頃のわたしに、言ってあげてほしいのに。

いまさらなんなんだよ。

「この子なら幾らでも踏み躙っていい」と踏んでいるからあんなに虐待したんだろう?

都合がよすぎるんだよ。

反抗したからやっと人間だと認めた?

クソ過ぎんだろ。

そんなのクソそのものだろ。

過去のわたしと、いまのわたしへの差別に、地獄の苦しみである。
苦しくおののいている。

あー行政が介入してほしかったなあ。


だれかが、「お節介」をして、あの地獄の家からわたしを盗み出してほしかったなあ。
誘拐してほしかったなあ。

どんなに、「お節介」を、されたかったか。
あの頃のわたしに、ことばは与えられなかった。

わたしは、「お節介」をしてくれなかった社会を呪う。呪って呪って呪い尽くしてやる。

わたしに「お節介」をしてくれない社会なんて、クソの役にも立たねえだろう。

なんのためにあるんだよお前ら。

「お節介」をしない権力なんて、滅び尽くせばいい。

「自治」を「無視」の言い訳にする権力など、わたしが味わった苦しみの全てを味わい尽くして、斃れるべきだ。

滅べよ。この国など。


「放棄」を、「自治の尊重」にすり替える。
一切の根拠を失った権力が、斃れるのは当たり前だ。

「お節介」をする覚悟もない権力が、地獄の限りを尽くして、死にますように。

わたしの願いが、大地の底まで轟きますように。


子供たちの悲鳴で、地球が粉ごなに砕けますように。


みんな等しく凄惨に、死にますように。



わたしの絶望が、宇宙中に轟きますように。



posted by ひろみ at 10:48| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

Image Blockerを使うと脳がすっきりする


広告ブロッカーはおおむね皆、使っているだろう。


わたしはそこに、Image Blockerも導入してみた。

すると、ネットサーフィンがとてつもなく快適になった。
画像を読み込まないから通信量もセーブできるし、なにより視界が爽やかだ。

画像が見れるのは一見豊かにみえるが、実際、ネット上に溢れるどれほどの画像が、「わたしが見たかったもの」だろうか?

特にこれは見たい!という時だけ、ブロッカー無しで再読み込みする。

見たくもない画像の読み込みのために、余計に脳を使わされるのは、ばからしいと思う。

特に出前注文サイトなど、メニューの写真が多いため、アホみたいに読み込みに時間がかかる。
さっさとお腹を満たしたいときに、異様に読み込みを増やさないでくれ!となる。

Image Blockerを入れたら、視界がクリアになった。
わたしが求めていた情報量「の少なさ」は、これだ!という感じだ。


アドオンしだいでインターネットは、どんどん快適になる。


不快な情報を遮断しづらいのは、むしろリアルである。


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こんな広告を見せられながら朝晩通勤させられる日本の労働者。
右側には、力強い笑顔で、グッと拳を握ってこちらへ迫る男性が写っている。
風邪薬の広告だ。

労働者に「風邪を引いても休まない」ことを容認・推奨する広告を見せつけることこそ、ハラスメントだろう。
広告は、購買を推奨するものだ。
「推奨はしていない」などという言い逃れは、不可能だ。

また、「劣肌」とかいう侮辱造語をデカデカと顕示して化粧品の購入を迫る広告も電車に貼られていた。
「あなたの肉体は劣っています。」と、乗客にボディシェイミングを行なって商品を買わせようとする業者。

「あなたは、劣っている。」「あなた自身を、尊重するな。」
とイメージを送る行為は、陵辱だ。


労働者は、通勤の行き帰りに、陵辱を受けながら移動させられている。


わたしはバスに乗るのが好きだ。
バスには広告が少ない。不快なものもほとんどない。
窓が大きくて、街の景色を楽しみながら、ゆったりと移動できる。


この違いはなんだろう?


とにかく、精神を浄化したいひとは、できるだけバスを利用したほうがよいだろう。


リアル世界ほど、不快な情報を制御・遮断することが難しい環境はあるまい。


わたしは近眼なので、眼鏡を外すと視界の情報量が一気に激減する。
だが、それが快適でもある。


「見たくないものを構造的に見えないようにする」のは、とても大切なちからだ。


解離もそうだろう。



みんな、生き延びるのに必要だから。
必須だから、見たくないものを見えないようにしている。

それをどうして責められるだろう?



「愚か」なひとたちの、生き延びるのにどうしても必要な、見たくないものを見まいとする営為を、わたしは否定しない。


ただ、「無かったこと」には、絶対にならない。




リアル世界にも、Image Blockerが使えるといいな。



posted by ひろみ at 02:38| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年01月11日

わたし、「女」じゃねえんだろうな⋯⋯




わたし、「女」じゃねえんだろうな⋯⋯


なんかもう、身につまされる。


どうせ「女」じゃねえんだな、わたしは。


どこにも身の置きどころが無い。


かといって、「男達」も、仲間に入れてくれないもんな⋯⋯。



どこ行ったって、身の置きどころがないよ。



わたしは「男」にも「女」にもなれないよ。



心地よい集団一体感なんて、とことん感じられない。


だから涙が出るんだよ。


わたし、「男」にも「女」にも仲間外れだよ。

悲しいなあ。

こんなに涙が出てくる。



わたし、普段から、こんなに我慢していたんだな。

「男」にも「女」にも、みんなに仲間外れにされている感じ。

この感じは、おそらく真だ。

だってこんなに涙が出る。


「男」にも、「女」にも、してもらえない。


わたしはなにかしらない塊で、みんなわたしを持て余している。
わたしも。


わたしがいると、困るんだろうなって感じる。
なんでお前はいるの?って、みんなが思ってるのが伝わってくる。
お前がいるから、世の中わけわかんなくなるんだよって、言われている。

どこにも、行けない。

どこにも。


「男」とか「女」を失ったら、どこにもいられない。

ひとりぼっちだ。


「男」とか「女」を失ったら、この世に「存在していい許可証」を、奪られるのだ。


わたしがいると眉を顰められるような社会なら、滅ぼしてやる。


なにも残らなくていいから。



posted by ひろみ at 04:25| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年01月06日

「喫煙」とは、愛着障害を埋める、「指しゃぶり」の代替嗜癖ではないか?






喫煙って、「唇の寂しさ」を埋める、「大人の男」に、社会的に唯一ゆるされた行為なんじゃないか?



「指しゃぶり」は、「ガキだ」「甘えだ。」「幼稚だ」と言われる。

「大人の男」には、ご法度の行為だろう。



だが、「煙草を唇に挟む」は、「大人の男」にも許容され、ときには「格好いい」仕草だ、と称賛される。
すくなくとも、前の代には。


わたしは、寂しくて、飢餓感、寂寥感に指をしゃぶっていた。


煙草は、母親の乳首の細さに、近い。



霊感が降りてきた。



そのむかし、「大人の男」は、煙草を唇に挟みながら、それを格好いい。男らしいと羨望されながら、〈男〉を演っていたのか。


「指しゃぶり」の、代替行為として。



愛着に餓えながら






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2018年01月01日

新年を慶賀




糞父が次兄を殴ったのも、うん年前の、お正月の夜だったな。

全っっったくわたしと何の関係もない暴力だったけど、時を超えて「お前のため」に変換する耄碌脳がおぞましい。


過去を振り返り、よはひのぶる時候のあひさつを述べよう。


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2018年、地獄の記憶は地獄のままに。
都合のわるいことがなに一つ無かったことにならずに忘れられようとも残存しながら時は続く。

そこに切断があってもよい。


だが、けっして無かったことには、させはしない。




わたしの身体はいまも、虐待の苦痛と恐怖を記録している。


いまも。








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