2017年12月30日

世界に幸せは無いし、わたしに自信は亡い。




自信なんか無い。


どれだけ時がゆこうと、わたしに自信なんか無い。


時が改まったら、世界は変わるのか?
変わるだろうけど、
ひとびとが、無理矢理に「明るい新年」を描こうとするかぎり、「素晴らしい世界」など、絶対来ない。

悲しいものを、悲しいままに悲しく感じない限り。

憤るものを、憤るままに、憤らないかぎり、ひとは、じぶんじしんを裏切り続ける。

わたしは悲しんでいる。わたしは憤っている。わたしに自信なんか亡い。

わたしは絶望の中にいる。

わたしじしんを裏切って、幸せなふりをするより、わたしの世界に立ち籠める、深い、濃い霧を見つめたほうがいい。

わたしはお父さんに裏切られた。お母さんに裏切られた。

大切なひとを、「虐めているのはお前だ」と、罪を擦りつけられた。
「わたしのせいで」兄ちゃんはお父さんに殴られたんだって。


「家族」がないと、世界が立ちゆかないなら、世界なんて滅んでほしい。

お正月気分で、都合よくなにかが「改まったような気分」がしたいなら、そうしてろ。
なにも変わらないし、問題は、山積している。

なにか変わった気分になりたいだけの「区切り」なら、無くなったほうがいいね。

おちゃらけた自虐ギャグで絶望をなあなあに薄めるのも、嫌いだね。

絶望を誤魔化すのに、ひとは色々な手段を使う。

とことん自分の苦しい気持ちを見つめぬいた、ひたむきな、真摯な、純烈な絶望のほうが、わたしは好きだ。
いとおしい。

もっと泣きたい。

わたしは、もっともっと泣きたい。

最近うまく聞こえなくなっている、「わたし達」の声を、もっと聞きたい。
わたし達は、絶望している。


父親が、惨死しますように。



年の明けとともに、世界が終わりますように。






posted by ひろみ at 17:28| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年12月28日

たまたま私についていた内臓





「なんか、たまたま私についてた内臓」ていどの軽さで扱ってもらえたら、子宮を「ほんほん」と軽く親しめるのに。


尋常でない、はや、天変地異をも揺るがすようなとてつもない象徴性をおっ被せられているわたしの子宮が可哀想なんですけど。



異様に、狂気なまでに子宮という「たまたまあった内臓」にそら恐ろしい物語を付与されるの、どう思う?
ってわたしの子宮に聞いたところ、

「わたしは、気づいたらたまたまここにこうしてあっただけで、なんやほかの器官さんとも連携してるみたいだけど、とくに、わたしの意思とかじゃなくて、なんか、気づいたらたまたまそうなってただけなんですけど⋯⋯そんな厄介な役割負わせられたり、「つとめを果たせ!」とか言われたりするのは疲れますね⋯⋯。なんか、爛々と輝かせた、燃えるような目で見られるのは、ケツの座りが悪いですよ、ちょっと⋯⋯」

って言ってたので、わたしの子宮の意見にも耳を傾けてほしいですね、世間のひとは!

わたしの子宮が怖がって、引き篭もりになりますよ!
どうしてくれるんですか!!!

わたしの子宮が社会性うつですよ!!!どうしてくれる!!!!!


わたしの子宮は、月に一回、わたし達を悩ませる、厄介な、だけどたまたま一緒に生まれ育った腐れ縁で、切り離すコストもめちゃくちゃ掛かるしめんどくさいので、まあなんとなく一緒にやっていくしかないのかな?憎むのも可哀想だしな。でも厄介だな。って思う、なんか、長年一緒に育った、たまたまわたしについていた、内臓くんです。
ほかの内臓のみなさんと、そう変わらんはずです。

子宮くんを、怯えさせて、追い詰めて、特別者扱いして、神さま扱いして、虐めるのは辞めなさい。


子宮くんは、わたし達のクラスの一員です。




posted by ひろみ at 21:56| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年12月24日

怪文書を読んで




もう嫌だあああああ
親父が兄ちゃんを殴ったことまで、どうしてわたしのせいにされなきゃいけないのおおおお
「わたしのせいで殴った」って言われて死にたいよおおお
もうやだよおおおやだあああああ
言論を取り締まってほしいいいい誰かあああ
もう死にたい

生きるのやだ
はあ⋯

もういややん
父親を法律で取り締まってえええ
もう嫌や⋯

わたしの誕生日にも怪メール送ってきたし、惨死してほしい
お父さんが惨死しますように


--------------------

目が滑る滑るの気色悪い、被害者意識フルなDV・虐待加害者のヌメついた汚臭のするナルシシズム文、書き手は虐待糞親父。


あんまりじっくり読むと心身を深く損害する危険を発している毒レターに、
わたしの生存本能は「読まないで捨てたほうがいい。」と警鐘を鳴らしていた。

ので届いた翌朝燃えるゴミの日、わたしはこの毒レターを生ゴミ袋の中に押し込んで、そのまま焼却炉へ旅立たせた。

もうちょっと集中して読んでいたらさらなる自傷衝動が、激しくなっていたかもしれない。

おぞましい。吐き気がする。えづく気分。

とにかくわたし(と母親)のせいにしようとする糞親父の責任転嫁自意識ふんぷんたる汚手紙に、わたしはいまも、心臓の裏みぞおちの奥がオエッ⋯とする。

吐きたい。


しかしこうしてネットに載せて外在化すると、手紙の毒力がいくぶん薄れる。薄れているのを感じる。
おぞましい、毒物は、おおやけに晒すがよい。

外在化することで、安全になる。
安全感が増す。



ほんっっっとうに気持ち悪い!!!
こんな気持ち悪い手紙文章を書けるアラセブのおっさんに20数年間「親面」をされてきたわたし、そりゃあ病むわな。
無理もないよ。ああ気持ち悪い。

--------------------

↑怪文書を読んだ直後の文章。
続きを書こうとしたけど怪文書を目を薄めながらサッと読みした後、自傷衝動と身体的苦痛が再発し、なにも書けない、苦しみの時間。



呼吸がしづらいひと、試しに「くつう(苦痛)ぅーーーーーーーー」って息を吐いてみるといいよ。


まったくの思いつきで試してみたけど、吐くこともできなくなっていた息が、だいぶ吐きやすくなった。


苦しいときは、「苦痛」。

「くつぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」と息を吐こう。




posted by ひろみ at 15:05| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年12月20日

怪文書




以下のようにメールを送ったところ、


------------------------------

お断りします。

(次兄)に、謝りなさい。

「あなたの身体とこころを破壊し、命と尊厳を踏みにじって、ごめんなさい。
私は、あなたの心身の安全を守り、必要なケアを与えるという、親の義務を怠りました。」

と、(次兄)に謝りなさい。真剣に。誠実に。

「許してください」などとは、口が裂けても言うなよ。


ひろみ

------------------------------


↓のような怪文書が届いた。




IMG_0380.JPG








気持ち悪い。ゾッとする。
ネットに上げてお祓い。



posted by ひろみ at 16:34| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年12月18日

「相対的剥奪感」で、人は死ぬ。




新弟子マイタイ


流行らそうぜ!







いま抱えている問題意識は、「相対的剥奪感で人は死ぬ。」という事実だ。


これは、事実だ。
また、

「相対的優越感(重複っぽいが、絶対的優越感というのもあるにはあるだろう。)」で、人は幸福になる。


これも事実だ。
醜かろうと、美しかろうと。



これらの事実を、わたしは受けとめかねている。


そんなの間違いだ!と言いたいし、そんなのは錯覚だ!と言いたいんだけど、


不都合な事実、
相対的剥奪感で人は死ぬ。


たとえ億万長者であろうと。

なんらかの次元で相対的剥奪感を味わい続ければ、そのひとは矢も盾もたまらず、自滅への道を辿りはじめる。

そういう、おそろしい運動が、人にはある。
理不尽な。
わりなき業が、人にはある。



わたしはいま、この問題に、呆然としている。

どんだけクソな命を生きてても、虐める相手がいれば人は幸せを感じられるのだ。

お父さんとお母さんは、わたしを虐めていて、ほんとうに楽しそうだった。
あんなにも愉快な、こころからの人の笑顔を見れるのは、ほかに無い。

お母さんとお父さんは、わたしを虐めて、ほんとうに幸せになっていた。


わたしが「虐められ」から逃げ出すには、お父さんとお母さんを不幸にするしかないのだ。

子供は、親に「幸せになってほしい」と願っている。
「不幸せには、なってほしくない。」と望んでいる。

だから、子供はなかなか、自分を幸せにできない。


他者を、特に「親を不幸にしてよい。」と覚悟しなければ、
クソ親に調教された子供は、がんじがらめの「自分は親よりも不幸でいなければならない。」呪いに囚われつづける。



誰かから幸せを奪うことを、もっとにこやかにできるようになれば良いのに。


お父さんとお母さんは、それをあんなにも簡単にしている。
羨ましい。ずるい。卑怯だ。自分ばっかり。

どうしてこんな、ひとから奪う力を奪われねばならないんだ?


わたしは、ひとから奪う力を取り戻したい。


わたしは、「弱さ」を取り戻したい。


強くなってしまったわたしは、全力で弱さを取り戻さなければならない。

でも、難しい。

「強くなる」方法はいろんな人が説くけど、

「弱さを取り戻す」方法は、どこのマニュアルにも載っていない。


あまねく探して、似た問題意識を抱えているひとを、キャッチしなければならない。


こんな大変な、途方もない勉強が待ち構えてるとは、思いもよらなかった。


わたしは、いま、ただ、疲れて、くたびれて、泣きたい。
眠りたい。

新弟子マイタイぐらい、くたびれ果てているのである。

posted by ひろみ at 17:38| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年12月16日

小指を咥えていると、噛みちぎりたくなった。



小指を咥えていると、噛みちぎりたくなった。
指を咥えていると、喰いちぎりたくなりませんか。
ただ口の中に歯の間にあるものは、喰いちぎりたくなる。
指を喰いちぎったら、指の切れっぱしが口の中に残るんだろう。
モノになる。指が。客体化される。
乳首だってそうだろう。赤ん坊と母親は、殺し合いだ。
口の中にあるものは、喰いちぎりたくなる。
乳首を喰いちぎったって、おかしいことはない。
私の中に、小指がある。舐めていると、心地いい。
爪も、指先も、愛おしい。
母親の乳房よりも、慕わしい。なつかしい。
小指に縋りつく。唇で。
わたしがわたしに縋りつくんだから、誰にも迷惑と言われない。
かなしい。わたしがおっぱいを吸うことも、お母さんには迷惑だったんだろう。
だったら捨ててくれればよかったのに。
当たり前だとされていることが、わたしには全然当たり前じゃない。
寂しい。
泣いている赤ちゃんが自分の小指にしゃぶりついていたら、あの人は「可哀想だ」と思わなかったんだろうか。
わたしはたぶん、そうしていたんだろう。記憶には無いけど。
与えられなかったからだろう。母親がいる時に、必死に乳房に縋りついていたのは。
無人の家に置き去りにされたら、そうなるだろう。母親がいる時に、できる限りの限界まで、栄養分を補給しなければならないと強迫されて、必死にむしゃぶりついていたんだろう。怖かっただろう。どんなに怖かっただろう。いつ永遠に置き去りにされて、飢え死にするか分からないとか、赤ん坊のわたしには、死ぬるほどの恐怖だったろう。怖かっただろう。怖いにきまってる。こんなに涙が出てきた。怖い。怖い。怖かった。恐ろしかった。寂しかった。悲しかった。
ちいさいころのわたし。あなたはいまも、怯えているね。気づいてるよ。

posted by ひろみ at 14:17| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年12月05日

ホモをバカにする奴は、「願望」が深い。

書いて、でももやもやがあり、寝かせた文章。
いまは、この文章にセルフ批判ポイントがあるんだが、「この」気持ちも、「わたし達」の真実だと思う。ある部分

最近、人生初レバニラデビューをした。
一口食べて、うーん⋯だったので野菜だけ食べてレバーだけ残してしまったin王将。

なんか淡白で、変な風味で、がっかりした。

食べる前は「こってりしてそう!」とワクワクしてたんだけど。
内臓食べるのって大人っぽくて、食事のレパートリーも増えるし栄養ありそうなんだけど、どうも合わないなあ。
モツはまあまあこってりしてて美味しいかも?と思うんだけど、やたらと甘口な味付けが多くて、馴れない。
もうちょっと甘過ぎず、「普通っぽく」味付けしたら美味しそうなんだけどな。
内臓美味しく食べられるひと、羨ましい。

と書いて、これはヘテロの人への気持ちに似ている⋯⋯?とか思った。



***





ホモの話が大好きなくせに。

ホモに興味津々なくせに。

あわよくば覗き込んで、「擬似体験」してみたい。と深く望んでいるくせに、

「自分はホモをバカにする側だ、自分は決してホモではないからこそ、こんなふうに堂々とバカにできるのだ!」と自他に言い聞かせながら、ギャハギャハ笑いながら「ホモネタ」に興じる、〈男〉たち。


いいかげんそういう自称〈ヘテロ男〉のくそうざい、
ガキ臭いツンデレ・パフォーマンスに、
辟易通り越して、反吐が出るんだよ。


ぜんっぜん可愛くねえぞ、その身振り?


こういうツンデレって、さっぱり可愛くねーよな。


ホモに興味津々なくせに「自分はホモでは無い」という称号ほしさに(なんとしょぼい称号だろうか)、ホモをバカにする虐めパフォーマンスに興じる〈男〉が、さっっっぱり可愛くなくて、うんざりよ。


話題になってるらしい石橋貴明のコントとかは、関係ない。
うちにテレビが無いのでその辺の話はわからない。


もっと一般的に、蔓延している「男の空気」の話だ。


ホモをバカにする奴ほどホモセクシュアル願望が深い。
というのはまさにだな、と思う。



〈女〉の「ちがうよーっ!笑」は、ちょっと嬉しそうで、嬉しいんだ。

でも、

〈男〉の「ちげーよ!馬鹿にすんなwww」はマジで馬鹿にしてるのが伝わってきて、くそうざいんだよな。



レズビアニズムはけっこう曖昧模糊としていて、そこがいいんじゃないだろうか。



〈女〉の「ちがうよーっ!笑」は、『そうかもね?でもみんなには、内緒だよ☆』とウインクするような、可愛さを感じる。



〈男〉の「ちげーよwwwww」には、『この一線を破ったら俺は死ぬ。』って恐怖が、しょぼったらしく滲み出ている。



曖昧模糊さの代償に、ただ無視されるレズと、

明朗暴慢な分断に、狙撃されるようにスポットを当てられるゲイと、


どちらが辛いんだろう?




って、
どっちがどっち、ってことじゃあ、ないんでしょうねぇ⋯⋯




ただわたしは、無視されるよりよっぽどマシ!!!!!!
という絶望感がある。



アダルト・チルドレンの苦しさが、そこにある。



posted by ひろみ at 22:54| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年12月02日

ひとりエッチをしたことある人は、全員ホモです。






ひとりエッチをしたことある奴は、全員ホモだからな?


例外はない。


一度でもひとりエッチしたことのある奴は、全員ホモです。
あるいはバイです。
あるいはポリです。



自分とエッチしとるんやからひとりエッチした時点でおまえはホモセックスしちょるんだよ。

自分という〈同性〉とエッチしとる時点であなたはホモセクシュアルです。


YOUはホモセックスだん。だよ!




人生で一度もひとりエッチをしたことがなく、かつ〈異性〉以外と一度もセックスしたことの無いひとだけが、「ホモでない。」と、かろうじて言えます。






一度でもひとりエッチをしたことのある奴は全員ホモです。






あなたは、ホモですか?




posted by ひろみ at 13:38| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年11月28日

永田カビ『一人交換日記』23通目に怒る。




わたしは、永田カビ『一人交換日記』23通目に登場する医師達に、怒っている。



泣いているひとに「泣くな。」って命令するカスは死んでくださる?




看護師「うわ。どうしてこんなことしたん。」


ドカスが。


なんだその声がけ?

自傷行為の理解と援助―「故意に自分の健康を害する」若者たち -
自傷行為の理解と援助―「故意に自分の健康を害する」若者たち - ぐらい読めよ!!!!!!!!!医療従事者だろうが!!!!!

Kindle Unlimitedで読めっぞ!!!!!
アンリミテッドやぞ!!!!!!
アンリミテッドに読めんだろッ!!
Unlimitedに読めよ超わかりやすいぞ!!!!!!!!



精神科医療に携わるひとこそ、まず先にセラピーとかカウンセリング受けてほしいです。

じぶんの気持ちをじぶんで引き受ける準備がととのってから、はじめてほしい。
まずはニートになりましょう。



6ヶ月って、「仮に書いとかなきゃならない」もんだとしても、それならなおさら本人に説明しろよ。
入院させられるひとが、「自分の置かれた状況になんの疑問もなく適応するのが当然」と思ってないか?
6ヶ月も拘束されるって、途方もなく恐ろしいぞ。
適応しないで不安になったり怯えたりした場合は、そいつが頭おかしいメンヘラなんで!いやー困ったわー。ってことかよ?




「自分に自信がついたらいつでも出れるんですよ。」


一生出るなってことですねわかります

永遠に籠ってろ
って意味ですねいやー清々しい!

「自分に自信がある」のであろうひとのナチュラル管理・支配当然ロジックってほんッッッと憤ろしいな!!!


「いつ出てもいいし、「つらくなったら来る場所」にしといたらええやん。」

ここにいることがつらいんですがそれは⋯⋯
って言葉を、封じてるな。


永田さん、ほんとうに大変だったね。



このごろの『一人交換日記』はかなりつまらなくなってたけど、この展開は面白いな。
他者の人生(しかも苦難連続)を面白がる背徳感。
わたしの人生もだれか楽しんでやってほしいなあ。
どうせみせるなら、面白がってほしいぜ



ってかこういうとこって、防音設備しっかりしてるもんだと思ってたよ。
ただでさえ心身が不安な感覚なのに、あまっさえ隣室の人の叫びとか聞こえてきたら療養もクソもねえだろ。意味わからん⋯。

わたしは地獄の家にいたときは、MOLDEX 使い捨て耳栓 お試し8種エコパック
MOLDEX 使い捨て耳栓 お試し8種エコパックモルデックスの耳栓がもの凄く助けになってくれました。
どうしても糞家族と同じ空気を吸わなければならない状況に陥っているひとには、モルデックスの耳栓がおすすめです。

音声を遮断できるだけで、かなりの苦痛が和らぎます。





「その、泣くのどうにかならんかな⋯」


泣いているひとには、「つらかったんだね。」
「今もつらいんだね、苦しいんだね。」
のひと言やろうが!!!!!!!!!!!!

こんなことばの使い方もわからない奴が医療に携わってるということにショックだよ!!!!!
ことばを軽んじる奴が(特に)精神科医療に携わんじゃねーよ!!

ことばを馬鹿にすんじゃねえ!!!!!!!!!



永田さんの感情を、規制するな!



気持ちを、規制するな。




はあ⋯⋯









いやあ、上からっぽいけど、わたしの現在進行形の実体験からして、

回復しつつあるときほど、テンションって低いもんやぜ。

むしろ極限状態の苦痛地獄環境で、「あと一歩で死ぬ!!!」って追い詰められてる精神状態のときほど、異様な高揚と、全身を焦がす焦燥情熱に駆られとるで。

わたしが一番猛烈な性欲に駆られてたときは、あの地獄の家にいたときやぜ。
ヤバい苦しみの渦中にいるときほど、凄まじいエネルギーでものっすごい作品がうまれるときはないぜ。
わたしが論文書けたのもそのときだったな⋯。


テンション下がって倦怠感に気力も体力もわかねーってときは、
身体とこころが「ここは安全だ。異様なエネルギーを発して猛烈に抵抗しなくても、ひとまず死ぬことはなさそうだ。いまなら、疲れを感じても大丈夫だ。」と、深く感じられてるときなんやぜ。

だから今テンションが低いのは、むしろ「回復しつつある徴候なんだ」って思っていい、と思うんやぜ。

わたしもいままさに、倦怠感でまったく活力わかないし。
胸の奥が、凝っている。



ここのシャーペンを使ったカジュアル自傷描写、好き!
そういえばわたしは道具は使わないなあ。自分の爪。


「親に会いたい」と思える時点で羨ましいなあ。
わたしは嫉妬するよ。うらやましいよ。

わたしは『会いたいけど会いたくない。会ったら殺される。こころと肉体が殺される!!!!!』って感じだからなあ⋯⋯


親に「会いたい。」と思える時点で、羨ましい。

望みに、「あっている」も「まちがっている」もない。



うらやましいもんはうらやましいんだ。



ところで古語の「うら」って「こころ」を指すんやで。
「うら(こころ)」が「疾しい」で、「うらやまし」んやで。

うらがなしい。
うらやましい。
うらさびしい。



はあ⋯⋯









そういえば『キン肉マン』って精神的にえろい男男関係多いよね。
なんかいいようもなくえろい⋯⋯!と感じてしまう男男関係のいかがわしさが溢れる性的さがあるよねキン肉マンって。
うーむ⋯⋯
読みたい⋯⋯



posted by ひろみ at 00:00| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年11月27日

柴田絵里さんはすごい。




「歴史」は、常に切断されうる。


歴史は切断されて、個人の外部にある。


歴史の連続性ばかりを強調すれば、歴史の「切断性」を無視することになる。
どうしようもない、片手落ちだ。



わたしは、いつも歴史に、「疎外感」をおぼえさせられてきた。


「わたしが」原爆落とされたわけじゃないし。
「わたしが」他国を侵略したわけじゃないし。
目の前のアメリカ人の友人が、原爆落としたわけじゃない。


ドイツ人たちが、「ホロコースト?知るか!オレ関係ねーしwwwww」とバカ笑いして、
なんの憚りなく、愉快に楽しく生きられる世界のほうが、断然好い。


国家や「歴史」に紐付けられている物語を、


どうしてわたし達個人(分人)がおっ被せられなきゃならんのだ?



わたしにとって切実に重要な「歴史」とは、わたしの「記憶がある」時間だけだ。
わたしが生まれる前の話など、どーでもよい。

ひとが、しんから切実に必要としているのは、ある「界隈」に囁かれている、「伝承」ではない。


じぶんがこれまでに体験した気持ち、傷。

「わたし達」の、ナラティブ・ヒストリーだ。



フェミニズムの「歴史」なんぞ一切参照できない(しない)非インテリだって、
堂々とジェンダー・セクシュアリティを語ってよい。


というか、


そういう歴史と「切断されたひとたち」の声が取り込まれなければ、フェミニズムなんぞ、ジェンダー論なんぞ、なんっっっっっの意味もない。




わたしは、上野千鶴子さんが大好きなんだけど(実際に会ったとき、とてもチャーミングで、一緒にいると安心できるような、素敵なひとだと感じた。)、

上野さんは、「強者のフェミニスト」やなあと感じる。


先の選挙で、



アベ自爆解散と呼びたい。⋯⋯。

と上野さんがツイートしていたけれど、わたしは、「強いことばだなあ、強いひとのことばだなあ。」と感じた。



安倍さんがどんなに為政者としてポンコツだろうと、そんな安倍さんのダメさ弱さねじくれ怯懦卑屈マザコンさに、どーーーーーーしようもなくシンパシーを感じて、「このひとは自分だ。」と感じて、
猛烈に応援したくなってしまう「大衆」のひとたちの、「弱さ」そのものへの寄り添いが足りないなあ、と感じる。


そこが、上野さんの「弱さ」だと思う。


「できる」とは、「できない」を、「できない」ことだ。


「できない」とは、「できない」を、「できる」ことだ。


上野さんは、「できる」がゆえに、「できない」を「できない」。




あと結構、「同性愛」に対する認識が、うげぇーん⋯⋯って感じがする。

信田さよ子さんとの対談本結婚帝国 (河出文庫) -
結婚帝国 (河出文庫) - で、「母親の娘への執着が同性愛っぽいと感じる」という信田さんに対し、
「そんな認識、同性愛の人達は怒ると思いますよ。(娘を支配したいだけの母親の欲望なんかと同一視したら。)」言ってたけど、いや怒んねーよ!

そういう卑屈さ矮小さも、気高さ孤高さも綯い交ぜになっての色恋、性欲でしょうよ!!!!!
ヘテロセクシュアルのそれと、同じように!!!
変わんねーよ、同性愛も異性愛も!


良く言えば買い被っておられるのねとは言えるけど、「買い被る」のも差別よ!

まあ「ヘテロの性愛」に対しても上野さん、意識高いからなー。
意識高いんだよなー。
そこが素敵だし勇気付けられるし、かっこいいんだけどさ。

ノーブルな「性愛貴族主義」って感じするよなー。


ともかくそういう上野さんの意識高さが、ことばが、傷ついたひとたちを勇気付け、奮い立たせてくれる素晴らしいものであると称賛すると同時に、

矮小な、卑屈な、打ちのめされて顔を上げることもできなくなっているひとたちの苦しみに対しては、たいへん素っ気ないものであるということも、事実だ。


上野さんの「強さ」は、「中ぐらいの弱さ」のひとには、太陽のような、たくましい光となって降り注ぐ。

だが、「下の下ぐらいの弱さ」のひとには、その木漏れ日すら、届くまい。

強いひとたち、中ぐらいの弱さのひとたちが腕いっぱいに伸ばした葉の陰で、
みずみずしい広葉に遮られた泥地のいきものたちは、温められることもなく地を這っている。


そうなってはもう、地を這うものはテロるしかあるまい。



わたしはテロリズムが好きだ。



果敢で、卑屈で、猥雑で、スリルがあって、震えるほど気持ちいい。
面白くって、痛快だ。

そして、かっこいい!




わたしは、柴田絵里さんが好きだ。
嫉妬していたのに、いま、尊敬している。


ひとがしあわせになるのなら、望むひとが少しでも楽になれるのなら、「フェミニズム」だの「ジェンダー論」だの、看板なんぞ、どうでもよい。



外の文脈を切断したうえで、そのひと自身が訴える苦しみに寄り添わなくては、なにができるっていうんだ?

そのひとの内の苦しみに。




このごろ、ますます柴田絵里さんが好きになってきた。


素敵なひとのことばを聞けるって、いいな。






***

面白かったので宣伝。

サムソン高橋・熊田プウ助『ホモ無職、家を買う。』試し読み

posted by ひろみ at 16:15| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする