2017年07月01日

母親は、ロリコン誘拐犯である。







もちろん、父親もだ。





母親は、「ロリコン誘拐犯」である。





母が、娘に抱く性欲は、ヘテロセクシズムの埒内では把握不能だ。


理解したければ、異性愛強制(ヘテロセクシズム)の、「外」へ踏み出そう。


半歩でいい。


半歩、はみ出してみよう。




母親は、「ロリコン誘拐犯」である。







ロリコン誘拐犯が子供を虐待しても、世間は何も不思議に思わない。


だが、親が子供を虐待すると、世間は「なぜだ!?」とパニックに陥る。


おかしなことだ。


だって、親はロリコン誘拐犯じゃんか。



ロリコンが子供を拉致して育てると、逮捕される。「変態」と呼ばれ、罵られる。

親が、この世に子供を拉致して育てると、祝福される。「偉大だ」と褒められ、賞賛される。


どんなに「親以外の」誘拐犯が、子供を大切に、心身の安全と健康を尊重して、「愛」を与えて育てても。
「変態」、「犯罪者」と罵られる。


しかし。
このロリコン誘拐犯が「親」という社会的地位を手に入れるやいなや、神と讃えられる。



親とロリコン誘拐犯との間には、単に「親」という地位を得ているかいないか
の違いしか存在していない。


ロリコン誘拐犯と親との「分断線」は、まやかしである。


ロリコン誘拐犯と親は、全く違う!!!⋯といいな(願望)。
単に「そうであってほしい」という人びとの願望に支えられているこの社会制度に、すこしは疑問を抱いてみないか?




私の母親の性欲は、「エロオヤジ」そのものだった。
私の身体を舐め回すように見て、下卑た笑みを浮かべている。


私の母は、〈男〉そのものである。

母親本人は「模範的な〈女〉」ぶっているが、〈女〉とは、〈男〉である。
〈女〉をいやらしく内面化すればするほど、〈男〉に同一化していく。


〈女〉に「なる」こととは、〈男〉をおのれの内に飼うことに、ほかならないからだ。


「模範的な〈女〉」に。
いやらしくなればなるほど。
なりたくてなりたくて堪らないと欲望すればするほど、


母たちは、涎を垂らした、〈男〉に変身する。



おのれの内側に究極の〈男〉を飼って、はじめて「模範的な〈女〉」になれるのである。



模範的な〈女〉ぶっている母親が、〈男〉の欲望を飼うことに、何の矛盾もあるまい。






母は、〈男〉だ。





「女性は、強姦の加害者にはなれない」と信じてる人はいませんか?


大間違いだ。


女性は、強姦を、できます。


方法は?

いわゆる「レズセックス」のような方法もある。


しかし、別の方法があります。
差別主義者の糞親は、ホモフォビアを満身に体現しているがため、「自分自身で」レズセックスは、行為できない。

では、どうするか。

〈男〉を器具にするのです。


自らのホモセクシュアルな欲望を、自分自身のホモフォビアがゆえに、不能な彼女らは、〈男〉を道具にして娘を犯すのです。


宦官が、張り型を使って女を犯すようなものですね。


〈男〉は、かのじょらにとって、ファンネルみたいなもんです。
代行させる、装置です。


娘を犯したくて犯したくてたまらない母親たちは、どうするか?


自分が見繕った〈男〉に、娘を犯させればよいのです。


それは、どこの誰ともわからない馬の骨じゃあ、あきません。

母親は、
自分が見繕った、かのじょらの高っっっかいプライドに見合った、最高収入の、最高学歴の、かのじょごのみの社会的地位を有した男性でなければ、決して満足しません。

だって、その男性は、かのじょの「身代わり」なんですから。

『私の身代わりの〈男〉は、最高の〈男〉じゃなきゃダメなのよ!!!』

とんでもないナルシストですね。〈母〉たちは。



母親たちが、なぜ娘の結婚相手(候補)を、鬼のような形相で腐すかが、理解できただろう。

自分ごのみの「最高の男」(=自分)以外に、娘を犯させるわけにいかないからです。

それは、「他の男」だからです。
ロリコン誘拐犯たるかのじょは、自分が犯したくてたまらない娘を、「他の男」にヤられるなど、血管がブチ切れても許せない!!!
NTR(寝取られ)。最悪の事態だからです。


「他の男」のものになるぐらいだったら、殺してやる!

そう息巻くロリコン誘拐犯「母親」の事例は、世にあるアダルトチルドレンの本をちょっと紐解けば、もうわらわらと出てきます。

たいがいのアダルトチルドレン本は、このような母親の言動の理由を、「嫉妬」だと説明しています。
まさに然り。

だが、「娘への所有欲」までは指摘するに至っても、
母親自身の、近親姦願望には、触れないようにしてきたんじゃないですか?
そんなこと、認めたくなかったんじゃないですか?
受け容れたくなかったんじゃないですか?
気づきたくなかったんじゃないですか?


わかります。

わたしも、そうだったから。
ほかならぬ、被害者の〈娘〉じしんが、母親が自分に注いでいる性欲に、気づきたくなくて、知らないふりをしたくて、たまらないんですから。


わたしの知るかぎりでは、信田さよ子さんと、斎藤環さんは、母親の、娘への「同性愛的欲望」に、ちょびっと、触れていたと思います。

でも、ぜんぜん足りませんよ!
被害者の娘じしんは、認めたくなくて堪らないんですから、苦しいんですから。
専門家のひとは、もちっとよぉ!
傍目八目を活かして、ズバッと!言っていただきませんとよお!

母親に犯された娘たちは、たまらないじゃないですか!!!





さらに。



母親は、娘の「結婚相手」を見繕う代わりに、父親に欲望を代行させることもあります。

娘の父親に、娘を犯させるのです。

自分の夫たる〈男〉は、自分の「一部」のように感じられるのかもしれません。
夫のチンコは、自分のチンコに感じられるのでしょう。

母親は、自分の夫に、自分の娘を犯させます。

自分の「身代わり」たる夫に娘を犯させて、「自分が娘を犯した」感覚に、恍惚と悶えるのです。
その瞬間の母親の性欲といったら、もう、全身に鳥肌が立ちます。


わたしのお母さんは、〈娘〉のわたしを犯したくて犯したくてたまらない、
ゆえに、わたしに執拗に〈男〉と結婚させようとしたり、わたしの父親に、わたしを犯させた、陰惨な、
陰険な鬼畜性欲の塊でした。

いま、思い出しても、「気持ち悪ぅい⋯⋯!」と、おぞけが走ります。ぞっとします。どうしてくれるんですか。この恐怖を。この不快を。このスティグマを。



母親は、娘を犯したくて、たまらないんだよ!!!!!!!!!!!
そして、実際に。


母親は、娘を犯しているんだ!!!!!!!!!!!!



被害に遭った〈娘〉たちは、声を大にして、言っていきましょう。
もちろん、〈息子〉たちも。〈子供〉たちも。言っていきましょう。共に。


とうぜん、〈父親〉による、〈息子〉への性欲も、隠蔽されている。
〈兄〉による、〈弟〉への性欲も。

また、それらの逆も。
〈姉妹〉も。



母親に、性欲が存在することを、延々と目を逸らし続けてきた結果、この有り様の日本があります。



わたしは、「あなた」に、近親姦性虐待が存在している事実を、
日本一醜い親への手紙 -
日本一醜い親への手紙―厳選版100通 -
もう家には帰らない―さよなら 日本一醜い親への手紙 - を、
そして、クラウドファンディングで発行を期されている『新編 日本一醜い親への手紙』(仮題)を読んで、知ってほしいと望みます。

誰ひとり、程度の差はあっても、近親姦性虐待と「完全に」無縁な人間など、有り得ません。



親子とは、性関係なのだから。






拡散頼むぜえ〜 性虐待サバイバーも、「もしかして、友達がそうかも⋯⋯」って思うひとも、「自分のお母さん(お父さん)も、ちょっとそういうとこある⋯⋯」って感じるひとも〜

被害者は、なんにも悪くないんだぜ。
「恥ずかしい」と感じるかもしれないけど、「恥ずべきこと」では、ぜったいに無い。
わたしは、あなたは、なにひとつ、恥じる必要はない。



恥じるべきは、奴らだ!!!




2017年05月05日

「ブラジャーを娘に買ってあげない母」は、娘に性欲を抱いている。



根本的に、母親は娘に性欲を抱いている。


事実である。
そこらへんをはっきりと言明する専門家は非常に少ない。

だから、被害当事者が言ってやるしかない。



「娘が性的になることを嫌がる母」とは、処女厨の男である。


母親は、〈男〉である。


そこになんの矛盾もない。
〈母〉は、〈男〉である。

むしろ、



〈母〉を極めれば極めるほど、〈男〉化する。



ここらへんを読み違える人が多いから、被害者の娘(息子)たちが混乱させられるんだよなあ。


永田カビさんの本を読んで凄く励まされたのは、「娘が母に抱く性欲」を、誤魔化しなく、ご自身の表現ではっきりと描いてくれたことだった。
私だけじゃないんだ!と思いました。
私も、母親に性欲を抱いていたから。

今となれば、それが、「母親が自分に向けてきた性欲への、応答」でもあったことが、容易に認められる。


娘に「可愛い服」を着せたがる母親の心理。
それは

ロリコンの誘拐犯が、少女に「自分好みの服」を着せようとする欲望とイコールである。


母親は、少女誘拐犯である。


少女を所有しているという征服感に、恍惚としている性欲主体。
それが、母親である。


それを認めてしまったら、ことごとくこの国の〈母性愛幻想〉は崩壊してしまうわな。
そら認められんわけだわ。



誰も言わないならはっきり言おう。


母親は、娘を犯したくてたまらないのだ。


だから、娘が他の〈男〉にセックスされるのを想像して、憎悪を噴き上がらせる。


母親とは、

独占欲と支配欲に満ちた、近親姦性虐待加害者なのである。




2017年04月11日

お母さんは、私をレイプした。



私は基本的に、体毛を剃らない。(まん毛は短く切る。モサモサするし)
私は基本的に、じぶんの身体が好きだからだ。
コンプレックスのある部分があっても、基本、自分の身体が好きだ。

世の人が、「ムダ毛」などと言って、目の敵のように自身の体毛を除去しようとするのに、悲しい気持ちがする。
毛が、かわいそうだと思う。
毛は、身体を守るために(少なくともその機能をもって)生えてきてくれているのに、「無駄だ」「醜い」などと言って、邪魔者扱いするのが、悲しい。

もちろん余計なお世話である。
ただ、そういう人たちは、高確率で他者の体毛をも忌み嫌い、
あろうことには「剃れ」、「隠せ」などと言う輩さえいるではないか!

私は、自分を守ってくれる毛を、愛しいと思う。
家族の、誰も、私を守ってくれなかったけど
私の身体は、私が傷つくたびに、いつもいつも私の身体を修復してくれる。
当たり前のように。かさぶたを作って、治してくれた。
そのことが、私は嬉しかった。
この世でただ、私の身体だけが、私が生き続けていってほしいと望んでくれた。
言葉なきメッセージで。しかし、明瞭に、私を助けてくれた。

口だけで味方ヅラする、卑怯者のコウモリ野郎の父親とは、大違いだった。


だから、私は、口のとこの髭も剃らなかった。
鏡で見ると、たしかにちょっと奇妙な感じがしたけど、これも偏見、刷り込みによるものなんだろう。
トルストイの小説に、鼻の下の「口髭がとてもチャーミングな美女」という表現があったし(たしか『戦争と平和』)、『千夜一夜物語』にもあったような⋯⋯(うろ覚え)?

ここの毛も、ごみが気管に入るのを防いでくれるし、あると風邪をひきづらくなるそうなのだ。
なら、なおさら剃る必要はない。

私には、たいせつな毛だ。



お母さんは、私をレイプした。
私の肉体を、こころを、強姦した。


ちょっときついので続きは後日書こう

2017年01月29日

私の母親は、娘の私に性虐待をしていました。


「女性は性虐待をしない」なんて大嘘には、私は絶対に左袒できない。


母親は、性虐待を、します。


私の母親は、娘の私に性虐待をしていました。

〈女性〉は、性虐待を、するんです。

当然、性犯罪も犯します。

「男性保育士は性犯罪者予備軍だから安心できない」?
「女性保育士なら性犯罪をしないから大丈夫」?


ふざけんなよ。

やるわ。
女だって、性虐待。

男性差別をやめろ!
女性差別をやめることは、男性差別をやめることと表裏一体だ。

それは、ヘテロセクシズムの「外」に出ることである。

異性愛強制の外に出ろ。
女性の加害性を認めることは、女性を「人間」として認めることだ。


私は男でも女でもないけど、「にんげん」だもんねー。

2017年01月12日

ヘテロセクシズムの怪物

https://www.hrw.org/sites/default/files/report_pdf/japan0516_japanesemanga_web.pdf

こういう漫画見るの、凄くドキドキする。緊張で、自分の痛いところに触れられないか、不安で。
でも読むと、「ふう…(一仕事終えた感)」となる。
痛いところが、痛まないように触れるのは、もどかしくて、つらいものね。

それにしてもつくづくと、「男の世界って陰湿だなあ…」と思います。

〈男〉って、陰湿だよね。

ホモセクシュアルを侮蔑する、という不断の行為によってしか「ヘテロ男性」様のお墨付きは得られないんだから。

〈女性〉にも、陰湿な人がいます。
その極致が、「名誉男性」様です。

究極まで練り上げられた、「THE・女」様。
彼女は、限りなく〈男〉だ。

究極まで練り上げられた「THE・男」様も、限りなく〈女〉です。
「自分は完全な『男』だ。」という自己規定からは、彼の〈女〉さが汪溢しています。

ヘテロセクシズムを研ぎ澄ませていくと、〈男〉〈女〉の境目はなくなります。
ちんこもまんこも超えた、「ヘテロセクシズムの怪物」という一つのカタマリになります。

私は、そのカタマリを抜け出して、「個」の仕切りを取り戻そうとしている。
ひとは、もともと個だったのか、もともとカタマリだったのか、私にはわからない。

大切なのは、「今、私がカタマリを抜け出したい」と望んでいることだと思う。

カタマリを抜け出して、わたしを見たい。

見せてくれ、わたしよ!
ゆっくりで、いい。一生かかってもいい。教えてほしい。わたしが、ほんとうは何を一番望んでいるのか。
今は黙して閉ざしている。
それはわたしがわたしを護るためだ。
だったらせかすのはやめよう。ずっとせかされてきたんだから、わたしになりかけている今、なおさらゆっくりと、私の歩調をまもってあげよう。

一生かかってもいい。永遠がかかってもいい。
わたしに合わせる。
わたしに合わせよう。
怯えてぎっちり閉じ込んでいるわたしの、ペースに。
とこう書いているということは、私は焦っているんだ。
焦るねえ。

焦っちゃうよねえ。

焦ってもいいんだよ。

焦らなくても、いいんだ。

そして、焦ってもいい。