2017年02月26日

無条件に「おめでとう!」と言われるヘテロがうらやましい



「子供が生まれた」とか、「結婚する」とか、そういうことで、無条件に「おめでとう!!!」と誰も彼もに言ってもらえるヘテロが、うらやましい。

誰も、「そう⋯⋯。」って顔を曇らせたり、「ええっ!?」って、「身の程知らずが!」って顔をしたり、絶対しない。

そういうことを、「しちゃいけないことだ」って、全ての人々から思われている。


うらやましくて、たまらない。



ヘテロの人が、うらやましい。





ほんとうに、うらやましい。






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2017年02月25日

「わたし」は、「わたし達」なのかもしれない



最初は一つだった細胞が、分裂に分裂を繰り返して何億個と増えたとき、「胎児」になる。
一つの細胞では、「人間」と呼ばれない。(生命倫理の世界では、論議がある。)

一個の脳細胞では、多分いまの私の意識はうまれないだろう。

脳細胞がいっぱいあって、いまのわたしという意識が在る。

「わたし」をかたちづくる細胞は、複数形なのだ。


じゃあ、「わたし」という意識は、実際は「わたし達」なんじゃないだろうか。


多重人格とか言われている「症状」の人たちは、単にその仕切りがほかの「普通」の人たちよりも、
クッキリしているだけなんじゃないだろうか。

「〇〇なキャラ」という使い方で定着した「キャラ」という言葉も、みんな、一人ひとりがそれぞれに抱えている、「わたし達」のうちの1人を指すのだろう。

その「キャラ」がステレオタイプ化されていることは、どう捉えればいいんだろう。


わたしは、わたし達である。

そのわたし達のうちの1人に、つらいものを、苦しいものを、負わせて押し付けてしまいながらここまで生きてきた。

いま、私は、必死で無視してきたその存在たちと、会話をしている。
ごめんね。つらかったね。助けてあげられなくて、ごめんね。助けてあげたかったよ。ほんとうに、つらかったね。怖かったね。苦しかったね。悔しかったね。助けて、あげたかったんだよ。でもできなかった

そうしているうち、それを続けているうち、少しずつ「わたし達」と話せるようになった。
わたし達は、一人ひとり、この「わたし達」を守るために、分節化しながら、それぞれの役割を負いながら、なんとかわたし達を生かそうと、生き残らせようと、いっしょに生きてきていた。

メインに表に浮かんでくる「わたし」は、その時々によってちがう。
分節化してるときもあるし、ぼんやりと、渾然一体に「わたし」を成しているときもある。

ひとつにもなるし、分節化もする。

いずれにしろ、1人でも多くの「わたし達」が、それぞれみんな楽に、しあわせに、生きられるようにしていきたい。
一部の「わたし達」だけじゃなくて、忘れられた、置き去りにされた、ずっと無視されてきた「わたし達」と、これから、少しずつでいいから、ちゃんと、向き合って生きていきたい。

いままで、無視してきて、ごめん。あなたがいることを、認める。あなたの気持ちを、話してほしい。
無視してきた立場で、虫がいいかもしれないけど。
これからは、少しずつ、前に出てきてほしいんだ。

その邪魔をすることは、もう、
これからは、やめるように気をつけるから。


「わたし達」が、前に出ることを、邪魔するのは、やめよう。



「わたし達」の、気持ちを聞こう。



そして、ゆっくりでいいから、寄り添っていこう。






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2017年02月20日

More 非モテのアダルトチルドレン本.

いやー、いいよなあ永田カビさんのさびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ -
さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ -

超勝手に親近感抱いてるんですが、(現在)恋人がいないAC本であるという点が、特に最高!いやほかにも最高なところありまくるんですがw
田房永子さんの本とかも、超最高で凄く助けられるし癒されているのですが、
恋人がね⋯⋯
パートナーの方がね⋯⋯
いらっしゃる話になると、「ああ⋯⋯;;」って泣きたくなるのよね。
特にパートナーとおせっくすなさっているんですねという話になると、羨望のあまり気が遠くなるんですよね。
ひがみですよ。そらもう。
ひがみますよ〜妬みますよ〜〜
呪いますよ!!
怖いわ!!!

彼女ほぴい!!!って発作的に叫びたくなりますよ!


More,
恋人いないアダルトチルドレン本!!!


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2017年02月13日

清水富美加さん。つらいことがあったなら、出家してもいいんじゃない?





つらいことがあって、どうしようもなく苦しいことがあって、今所属している集団・社会・コミュニティが、「自分を助けてくれない」と感じたら、神さまにこころを委ねるのも一つの手だろうよ。


「世」から逃れたいとき、神仏を頼って出家する。


これは、日本の古来よりの伝統だ。
『源氏物語』をはじめ、古典を読めば、いかにも是と頷けるだろう。

過酷な苦境をさまよった女性たちが、自分をモノ扱いする「世」から逃れるのに、
「出家」は、最も有用な自己救済の方法だった。

身分も保障され、迫り来るチンコも撥ね除けられ、「悲しいです。つらいです。この気持ちを私ひとりでは、抱えきれません」と、「世間」や「常識」から離れたところで訴えられる。
唯一の、セーフティネットだった。



よく勘違いする人がいるけど、
神さまを信じることは、「自分の頭で考えない」ことじゃないぜ?


神さまは、支配者でもなんでもない。

神さまを信じるということは、こころの中に一人、どんなときでも絶対に自分の味方になってくれるひとを棲みつかせることなんだよ。

神さまの奴隷になるんじゃない。


神さまこそが、奴隷なんだよ。



どんなひとでも、こころの中に、知らず知らずに神さまを飼っているはずだ。
解離性人格とか、最近言われている「分人」みたいなものだ。


神さまを信じるということは、
こころの中に一人、「どんなときでも絶対に味方になってくれる人格」を飼い、そのひとに寄り添ってもらいながら、自分が望むとおりに生きることです。


主体性の極みである。

「もうひとりのボク」、ってやつだね。



「神なんか信じる奴はバカだ。弱いやつだ。」という人は、自分が「強い」と思っているんだろうか。
自分は、「弱者ではない」と?


そういうひとほど、危険だ。


そういう人も、騙されたと思って、自分のなかに神さまを一匹、飼ってみたらどうだろう?
一匹と言わず、二匹でも三匹でも、なんなら八百万でも飼ってみたらいいかもよ。

いや、自分では認めていないけど、実はもうとっくに飼っているはずだ。
こころに語りかけてみなよ。

「つらいよ、苦しいよ。誰もわたしのことをわかってくれないよ。でも、あなただけは、わかってくれるでしょ?
どいつもこいつもバカで無神経で、全然わたしを思いやってくれないけど。
あなただけは、生まれたときから、ずっとわたしぼくおれを、見守ってくれているよね。
お願い、わかってよ。いま、凄くつらいんだよ。

お願い、

抱きしめてください⋯⋯







って。




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2017年01月29日

私の母親は、娘の私に性虐待をしていました。


「女性は性虐待をしない」なんて大嘘には、私は絶対に左袒できない。


母親は、性虐待を、します。


私の母親は、娘の私に性虐待をしていました。

〈女性〉は、性虐待を、するんです。

当然、性犯罪も犯します。

「男性保育士は性犯罪者予備軍だから安心できない」?
「女性保育士なら性犯罪をしないから大丈夫」?


ふざけんなよ。

やるわ。
女だって、性虐待。

男性差別をやめろ!
女性差別をやめることは、男性差別をやめることと表裏一体だ。

それは、ヘテロセクシズムの「外」に出ることである。

異性愛強制の外に出ろ。
女性の加害性を認めることは、女性を「人間」として認めることだ。


私は男でも女でもないけど、「にんげん」だもんねー。
posted by ひろみ at 13:44| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年01月12日

ヘテロセクシズムの怪物

https://www.hrw.org/sites/default/files/report_pdf/japan0516_japanesemanga_web.pdf

こういう漫画見るの、凄くドキドキする。緊張で、自分の痛いところに触れられないか、不安で。
でも読むと、「ふう…(一仕事終えた感)」となる。
痛いところが、痛まないように触れるのは、もどかしくて、つらいものね。

それにしてもつくづくと、「男の世界って陰湿だなあ…」と思います。

〈男〉って、陰湿だよね。

ホモセクシュアルを侮蔑する、という不断の行為によってしか「ヘテロ男性」様のお墨付きは得られないんだから。

〈女性〉にも、陰湿な人がいます。
その極致が、「名誉男性」様です。

究極まで練り上げられた、「THE・女」様。
彼女は、限りなく〈男〉だ。

究極まで練り上げられた「THE・男」様も、限りなく〈女〉です。
「自分は完全な『男』だ。」という自己規定からは、彼の〈女〉さが汪溢しています。

ヘテロセクシズムを研ぎ澄ませていくと、〈男〉〈女〉の境目はなくなります。
ちんこもまんこも超えた、「ヘテロセクシズムの怪物」という一つのカタマリになります。

私は、そのカタマリを抜け出して、「個」の仕切りを取り戻そうとしている。
ひとは、もともと個だったのか、もともとカタマリだったのか、私にはわからない。

大切なのは、「今、私がカタマリを抜け出したい」と望んでいることだと思う。

カタマリを抜け出して、わたしを見たい。

見せてくれ、わたしよ!
ゆっくりで、いい。一生かかってもいい。教えてほしい。わたしが、ほんとうは何を一番望んでいるのか。
今は黙して閉ざしている。
それはわたしがわたしを護るためだ。
だったらせかすのはやめよう。ずっとせかされてきたんだから、わたしになりかけている今、なおさらゆっくりと、私の歩調をまもってあげよう。

一生かかってもいい。永遠がかかってもいい。
わたしに合わせる。
わたしに合わせよう。
怯えてぎっちり閉じ込んでいるわたしの、ペースに。
とこう書いているということは、私は焦っているんだ。
焦るねえ。

焦っちゃうよねえ。

焦ってもいいんだよ。

焦らなくても、いいんだ。

そして、焦ってもいい。



posted by ひろみ at 18:58| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年01月04日

現実

やっぱり勝実は性虐待の加害者だよなあ。

脂ぎった、メタボの、陰湿な、モラルハラスメントの、ニヤニヤした、ネットウヨクの、
自分の世話を娘に焼いてもらおうとする、武士の子孫ぶって悲劇のヒーローぶってる、
ロリコンの、
エロジジイだ。
posted by ひろみ at 13:39| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

よき効能

こうやって自分の気持ちを書いていくと、胸に詰まったカッチカチの脱脂綿みたいのがちょっと抜けかけて、
その跡にかさかさと乾いた、空っぽな、空洞な感じが残る。心の穴の形が、はっきりと感じられる感じ。

からっぽで、悲しくて、寂しいんだけど、異物が取れたような感じがするんだ。
今まで私は、カラカラに乾燥した、脱脂綿とか固まった綿埃みたいなので心の穴をうめていたんだ。
それは、「お母さんは私を愛してくれているんだ」「お父さんは私を愛してくれているんだ」、という幻想。
カラカラで、萎びて、何の栄養もなくて、なにより乾燥した繊維が生傷にずりずり擦れてジンジン痛かったのに、
それ以外で止血できないと思い込んで、必死にその痛いカラカラしたものを指で詰め込んで、無理矢理押し込んでいた。
そうすると、たしかに埋まった感じはした。そして、痛みもちょっと麻痺した感じがした。それで「もう大丈夫だ、私は健康だ!」と思い込んで、自分に言い聞かせて、安心しようとしていた。

でも、本当に必要だったのは、その汚れた脱脂綿を抜き取って、傷口を洗って、
新鮮な空気と、栄養と、あったかい潤いをあげる手当てだった。

私に必要なのは、湿潤療法だと思う。
そして、こまめに洗って、栄養をたっぷり取ろう。

今まで、心の穴を撫でて、さすって、痛いのを癒すのを妨げていたのは、ガチガチに詰まった脱脂綿だったんだ。
お母さんと、お父さんという。

優しく、さすろう。私自身の、あったかい手で。
なにかあるごとに、そっとあたたかくさすってあげよう…


posted by ひろみ at 13:23| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

お母さんが糞野郎だと困る

この、「うすうす分かっているのに、はたと停止して認めようとしない、身体の根っこの思考」みたいのは、なんなのかね。

分かってんだよ。もう、9割がた、それが真実だって。
お母さんは私に嫉妬していた。自分で勝手に作ったにも拘らず、勝手に作った挙句、私を道具として濫用し、
そのくせ私の能力や、性役割の押し付けを撥ね返そうとする生命力の強さを、「ずるい!」と妬んで、ひたすら「自分はマジョリティという権力者だ!」と、子供の私にマウンティングを仕掛けて優位に立とうとしていた。

その精神構造が、今なら手に取るように解るのに、心の根っこが認めたがらなくて、まだ認めようとしない。
いずれゆっくりと、これまでそうだったように、少しずつ根っこまでこの現実認識、真実だと認める気持ちが降りてくるんだろうけど、なかなかゆっくりで、もどかしいなあ。

お母さんが糞野郎で、そんなに困るの?

って感じだけど、困るんだろうな。私の根っこの、今まで必死にずっと私を支えてきた、支えてきてくれたものが、「そんなことじゃ支えられないよ!」って、困り果てちゃうんだろうな。

お母さんが糞野郎の、矮小な、どうしようもない虐め加害者だという事実を認めてしまったら、そんな糞野郎に生命が左右されると感じている、安危を握られていたと感じている、過去からの私の意識が、「そんなんじゃ生き残れないじゃーん!!お母さんが矮小な糞野郎だったら、そしたら私の命はどうなっちゃうの!?誰にも護ってもらえないじゃん!!殺されるよ!助けてよ!お母さん以外に助けを求めるあてが無いのに(誤認)!!!!そんなの認めたら恐すぎて生きていけない!恐怖でいっぱいで、希望もなくて、そんなの生きていけない!!そんなの信じるもんか!お母さんが矮小な糞野郎だなんて、認めたら死ぬしかない!認めたら希望が潰える!!たとえ事実だとしても、お母さんが矮小な糞野郎だなんて、絶対に認めないぞ!!!!!」

って思ってるんだ。
その気持ちは分かるよ。だってそのようにお母さんとお父さんが、私を洗脳してきたもんね。
たとえ事実じゃなくても、お花畑な虚偽の幻想でも、それで胸の穴を埋めないと、恐くて生きられないもんね。
だから、私は悪くないんだよ。おかしいことを信じていても、それは、生き残りたいからだよ。
生き残りたいから、嘘で自分を騙していた過去を、バカにするのはやめよう。
私は、生き残るために愚かさを必要としたんだよ。お母さんとお父さんを信じていた自分を、責めるのはやめよう。
お父さんとお母さんは、「俺たちを信じなければ殺す。」と私に命令していたんだよ。
圧倒的な力がある大人が、生まれてきたばかりの子供に、生まれてからずうっと、「自分達を信じなければお前を殺す。」と命令してきたんだ。
「家族」の物語に監禁されていた私は、「親」の皮を被った犯罪者に、殺されないようにずっと彼らを信じるふりをしなければならなかった。「ふり」をより尤もらしく見せるために、ほんとうに自分をそう洗脳しなければならなかった。
そうして、いつしか、「ふり」をほんとうの自分の気持ちだと思い込んだ。
そして今、「親」の皮を被った犯罪者に媚びへつらっていた、隷従していた、後遺症が私の生活に現れている。
これは、後遺症だよ。ゆっくりゆっくり、今の生活にあわせて、伸びをしていこう。
今、私はリハビリをしているんだ。糞親という事故に、生まれた直後から轢かれて、轢かれて踏み躙ってグチャグチャに皺をつけられてしまった私のこころを、ゆっくりと、深呼吸しながら、優しく伸ばしていこう。

のびのびと、私の生命につけられた皺を、伸ばしていこう。今の私の生命が、いちばん喜ぶような、きもちいい柔らかさに。

しっとりと、ぬるくて、水のように柔らかい生命に。





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2016年12月31日

酷いことをされると嬉しいわけ

殴られる、とか、酷い扱いを受けたり、受けるのを想像したりすると、「嬉しい」と感じる時がある。かなり。

自分はマゾヒストなのか、と愕然とするけど、これは皆がそうなんじゃないだろうか。

酷いことを言われたりされたりすると、「(自分に)ふさわしい扱いを受けている」という感じがして、嬉しくなってしまう。

「みんな」「社会」という大きな構造の中で、自分が歯車にされている。
奴隷であっても。サンドバッグであっても。ゴミ箱であっても。トイレであっても。

「役割」を与えてもらっている、というだけで、嬉しい、と感じる。
大きなものの中に、自分が小さな部品となってぴったりと嵌め込まれている、という感覚は、自由とはほど遠いのに、気持ちがいい。
安心する。
奴隷の安心感だ。

部品をやり続けるかぎり、ゴミ箱をやり続けるかぎり、殺されなくてすむからだ。

ゴミ箱という、サンドバッグという「使い道」があれば、存在することを許してもらえる。
そう感じて、嬉しくなるのだ。

幸せになることよりも、「生き残る」ことが優先される。
私は、人間は、生き物だからだ。

私は、あの家で、ゴミ箱をやり続けるしかなかった。サンドバッグとしてなら、縦横無尽に「使ってもらえた」。

生き残れることに喜びを感じても、幸せじゃないことに気づくのは絶対に嫌だった。
自分が奴隷だなんて、認めたくなかった。

でも、奴隷である現実を認めないと、奴隷をやめることはできない。
嫌なことをやめるには、自分が嫌なことをしているという現実を、直視しなきゃいけない。

女のひとは、皆、この日本では性奴隷だと思う。

男の人も、自分の肉体を労働に供与する、労働の、暴力の奴隷なのかもしれない。

私は、「女」になんか生まれたくなかったよ。

「男」になんかも、生まれたくない。


役割を、生まれる前に、
生まれた後にも、他人の手で勝手に決められたくないんだ。

役割を押し付けるな!

私は、役割を、ゆっくりと脱ぎ捨てていきたい。
まだ、親達に奴隷調教されたままだから。

調教された私の性を、癒して、守って、自由な私にかえしたいんだ。

ゆっくりとでいい。私は今も、奴隷だ。奴隷を、お母さんに言われたとおりに、お父さんに言われたとおりに、一生懸命演ろうとしているんだ。心の、体の根っこが。

私は、奴隷を、ゆっくりと辞めていきたい。

ゆっくりと。少しずつ、少しずつ。微々たるものでも、

私の歩調で、
ゆっくりと奴隷意識を脱ぎ棄てていきたいんだ。


posted by ひろみ at 15:54| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年12月29日

私はストックホルム症候群かもしれない

私は、家庭内ストックホルム症候群、というのかもしれない。
『娘の結婚運は父親で決まる』って本を読んだけど、モモコは、お母さんに似てるかも。
モモコはサイコパスだった。お母さんは生まれながらではないけど、後天性サイコパス、としか思えない残酷さだもの
お母さんに似た女性に惹かれたってことなんだろうか。
自分に酷いことをした人に惹かれるって、凄く酷いことじゃないか。たとえ生存戦略だとしても。
酷すぎるじゃないか。
生き物としての、自分の本性が、自分に酷いことをする人に惹かれさせるって、残酷だと思う。
ありえないぐらい、酷いと思う。

お父さんの卑怯さと、お母さんの狡猾さ残酷さがミックスしたひとを好きになった。
なんとかしてくれってぐらい、酷すぎるね。

どうしてくれるんだよ、虐待ジジイ。
虐待ババア。
posted by ひろみ at 09:59| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年12月28日

今の気持ちを書いていく。

お母さんは、私をわざと虐めていたみたいだ。

みたいだって言うのは、認めたくないから……

でも、事実はそうらしい。少しずつ、理性の部分が、認めだしてる。

お母さんは、悪意をもって、私を虐めていたんだ。

無神経で、人の心に無知で、思いやる心がまったくないから、「結果的に」私を虐めてしまうようになっている、
わけではない。

お母さんは、わざと、私が傷ついてるのに気づかないふりをして、「私は悪人ではありまっせ〜んw」という顔をして、わざと私をいたぶってたんだ。


信じられない気持ちがする。
でも、真実らしい。
ひとから言われたんじゃなくて、本当に、私の理性と感性の交わったところが、おそるおそる、確かな実感をもって結論を導き出していっている。

お母さんは、悪意をもって、私を虐めていた。
posted by ひろみ at 10:51| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする